#275 知らせておきたいことがある
今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでいきたいと思います。
お常さんの家で繰り広げられている親子の再会騒動と、同日同時刻、田の次が住んでいる家に小年姐さんが新聞を持ってやってくるところから、第十八回の下は始まります。そこに突然やってきたのは、田の次を育ててくれた老婆の弟・源作さんです。
田の次と源作さんって、会ったことないんじゃなかったっけ…と思い、第四回を読み返したら、老婆が亡くなって世話をしてもらおうと尋ねて行った時は、源作さんは逮捕されていて会えなかったのですが、どうやらそれ以前には会ったことがあるみたいです。そんな源作さんと久しぶりに会って…
さてはと驚く田の次より、彼方[カナタ]はしきりに悦[ヨロコ]びつつ、一別[イチベツ]以来の口儀[コウギ]をのべ、その恙[ツツガ]なきを祝しなどす。田の次も喜びかついぶかりて、
田「マアお珍らしいこと。ともかくもおあがんなさいましな。それぢゃアおはなしが出来ませんから。」
源「わたしがかうしてやつて来たには、色々来歴もある訳だが、マアゆっくりと話しませう。それぢゃア真平御免[マッピラゴメン]なさい。」ト上にあがりて火鉢のそば、小年[コトシ]に一寸[チョット]会釈をして、すわれば小年はたちあがりて、
小「田のちゃん。それぢゃア後[ノチ]に来るヨ。」
田「マアいいぢゃアないか。介意[カマ]やアしないヨ。ほんの内輪のお客だから。」
小「わたしも少し用があるから。イイエ。また後[ノチ]にでなほしてこようヨ。左様[サヨウ]ならッ。」と棄[ステ]ぜりふ。小年はいそがはしく会釈して、小褄[コヅマ]かかげて立帰[タチカエ]りぬ。田の次は急須の茶を酌[クミ]て、源作の前にいだしながら、
田「まことに思ひよらずお久振[ヒサシブリ]で、あなたにお目に懸りましたんで、何からお話をしていいやら。」源作は頻[シキ]りに頭を掻[カ]きて、
源「イヤどうも面目ない次第で、こんな様体[ザマ]になり下つた訳ですが、大概わたしの身の上の事は」
田「ハア。大略[オオヨソ]はうけたまはりましたが、まことにもうとんだ事で。」
源「イヤハヤ一生の心得違ひで、赤いべべまでも被[キ]ましたがネ、やっと放免になつてからも、さすがに元の所へは帰りにくく、車を曳いてみたり、配達夫[ハイタツヤ]になつてみたり、色々さまざまの真似をしまして、挙句の果[ハテ]が貸座敷の若い者。よしやおまへさんの所在[アリカ]が知れても、面[ツラ]の出せたア義理ぢゃアないが、今がた思ひよらず鳥八十[トリヤソ]の二階で、おまへさんが芸妓[ゲイシャ]になつて、此処[ココ]にゐなさるのを聞いたからして、是非とも知らしたいと思ふ事があつて。」
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!