見出し画像

#1518 その二十四は、清吉が、お吉の不機嫌を浴びせかけられるところから……

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

今日から「その二十四」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

其二十四

清吉汝[ソナタ]は腑甲斐無い、意地も察しも無い男、何故[ナゼ]私[ワタシ]には打明けて過般[コナイダ]の夜の始末をば今まで話して呉れ無かつた、私に聞かして気の毒と異[オツ]に遠慮をしたものか、余りといへば狭隘[ケチ]な根性、よしや仔細を聴[キイ]たとてまさか私が狼狽[ウロタエ]まはり動転[ドウテン]するやうなことはせぬに、女と軽[カロ]しめて何事も知らせずに置き隠し立[ダテ]して置く良人[ウチノヒト]の了簡は兎も角も、汝等[ソナタタチ]まで私を聾[ツンボ]に盲目[メクラ]にして済[スマ]して居るとは余りな仕打、また親方の腹の中[ウチ]がみす/\知れて居ながらに平気の平左[ヘイザ]で酒に浮かれ、女郎買の供するばかりが男の能でもあるまいに、長閑気[ノンキ]で斯[コウ]して遊びに来るとは、清吉汝[オマエ]もおめでたいの、平生[イツモ]は不在[ルス]でも飲ませるところだが今日は私は関へない、海苔一枚焼いて遣るも厭[イヤ]なら下らぬ世間咄しの相手するも虫が嫌ふ、飲みたくば勝手に台所へ行つて呑口[ノミグチ]ひねりや、談話[ハナシ]が仕たくば猫でも相手に為[ス]るがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然[フト]行き合はせて散々にお吉が不機嫌を浴[アビ]せかけられ、訳も了[ワカ]らず驚きあきれて、へどもどなしつゝ段々と様子を問へば、自己[オノレ]も知らずに今の今まで居し事なれど、聞けば成程何[ドウ]あつても堪忍[ガマン]の成らぬのつそりの憎さ、生命[イノチ]と頼む我が親方に重々[ジュウジュウ]恩を被[キ]た身をもつて無遠慮過ぎた十兵衞めが処置振り、飽[アク]まで親切真実の親方の顔蹈みつけたる憎さも憎し何[ドウ]して呉れう。
ムヽ親方と十兵衞とは相撲にならぬ身分の差[チガ]ひ、のつそり相手に争つては夜光の璧[タマ]を小礫[イシコロ]に擲付[ブツ]けるやうなものなれば、腹は十分立たれても分別強く堪[コラ]へて堪へて、誰にも彼にも鬱憤を洩さず知らさず居らるゝなるべし、

「夜光の璧」とは、昔、中国で、随侯の祝元陽が蛇から授かったと伝えられる暗夜でも光るという貴重な宝玉のことです。

ゑゝ親方は情無い、他の奴は兎も角清吉だけには知らしても可さそうなものを、親方と十兵衞では此方[コチ]が損、我[オレ]とのつそりなら損は無い、よし、十兵衞め、たゞ置かうやと逸[ハヤ]りきつたる鼻先思案。姉御、知らぬ中[ウチ]は是非が無い、堪忍[カニ]して下され、様子知つては憚りながら既[モウ]叱られては居りますまい、此[コノ]清吉が女郎買の供するばかりを能[ノウ]の野郎か野郎で無いか見て居て下され、左様ならば、と後声[シリゴエ]烈しく云ひ捨て格子戸がらり明[アケ]つ放し、草履も穿かず後[アト]も見ず風より疾[ハヤ]く駆け去れば、お吉今さら気遣はしくつゞいて追掛け呼びとむる二タ声三声[フタコエミコエ]、四声[ヨコエ]めには既[ハヤ]影さへも見えずなつたり。

というところで「その二十四」が終了します。

さっそく「その二十五」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集