#258 結局あそこで散財しちゃったのね…
今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでみたいと思います。
第十七回は、第十六回の続きから始まります。倉瀬くんは、顔鳥から託された手紙を守山くんに渡します。妓楼で出会った顔鳥が自分の妹の可能性が出てきてビックリの守山くん。そして、先日、母と妹の人探しの広告を再び出すに至った経緯を、倉瀬くんに説明します。その内容を聞いて、いよいよ確信が強まったとみえて、倉瀬くんは、ひとっ走り行って様子を知らせて来ようかと守山くんに問いますが、短刀だけでは証拠が足りないと答えます。その後、守山くんとお常さんと園田さんと小町田くんの関係を倉瀬くんに説明すると、どうやら倉瀬くんはお常さんに会ったことがあるようで、その時、お常さんは、小町田くんと内々で話したそうにしていたというのです。それを聞いて守山くん、ハハアと思い当たるところがあったようで、第十三回で展開された、小町田くんと田の次が密会した場面の舞台裏を語ります。それによると、田の次を不憫がったお常さんが、自分が住んでいる園田さんの別宅に小町田くんを招いて、出し抜けに田の次に逢わせるセッティングをしたというのです。それを聞いて倉瀬くんは「お常さんは悪気でしたわけじゃないだろう」と言いますが、それに対して守山くんは「勿論そうだが小町田くんのためにならない」と答えます。その後、丁々発止のやりとりをしていると、守山くんのお父さんが事務所を訪れます。どうやら、守山くんのお父さんは、東京に引っ越すために上京したようで、邪魔になってはいけないと倉瀬くんは帰ろうとしますが、妹の件で父と会ってくれたまえと言って守山くんは帰してくれません。ひとりになって待たされて、議論で酔いが醒めた倉瀬くんは、ふと部屋の小窓を開けて外を見ると、なんと偶然宮賀兄弟が通りかかります。彼らによると、どうやら継原くんがコレラ病に罹ったというのです。しかし、倉瀬くんの名推理によって、ただ金がなくなって無心しているだけということがわかります。そこに都合よく、継原くんが登場します。
倉「オイ継原。どうしたネ大層塞[フサ]いでる容体[ヨウダイ]だネ。今も君がかいた端書[ハガキ]についてネ、よッぽど奇的烈[キテレツ]な間違[マチガイ]があつたぜ。それはかやうかやうしかじかで。」ト宮賀の勘違[カンチガエ]をものがたれば継原も覚えずうち笑ひて、
継「ハハハハハ。あんまり落語めいた間違[マチガエ]だネ。しかし我輩の現今の境遇は、ほとんど疫病[ヤクビョウ]にかかつたもよろしくだ。マア君。一通りきいてくれたまへ。語るも面[オモ]なき事ながらだが、近来山村の周旋に任せて、汗牛堂[カンギュウドウ]といふ書店[ホンヤ]からして翻訳物[ホンヤクモノ]の依頼を受てネ、およそ八、九十枚なぐりつけたが、その原稿料大[オオイ]にたまつて総計二十円ほどになりにけりさ。尤[モツト]もそのうち七円だけは、山村彼自身[ヒムセルフ]の翻訳料だが。」
倉「ヘヘイ。感スンに勉強したネ。Necessity is the mother of invention[ネセッシチイ イズ ゼ マザア オブ インベンション](必要は発明の母)ぢゃアない。エーとindustry[インダストリイ](勉業)の基[モト]かネ。ハハハハハ。」
「必要は発明の母」という一節の初出は、ジョナサン・スウィフト(1667-1745)が1726年に出版した『ガリバー旅行記』です。
継「ところがそれからが大事件さ。一昨日その金をうけとるはずだが、マアともかくも前祝[マエイワイ]に一杯久しぶりで傾くべしといつて、一昨々日の夕方に、ネ。」
倉「ハハハ相かはらず急激党だネ。」
継「ナニサ。我輩はいかうとはいんが、マウンテイン(山村の事。)めが酔ッたまぎれに、頻に我輩を誘ふので。」
倉「ハハアそれぢゃア出掛[デカケ]たな。」
継「ツイ拠[ヨンドコロ]なく引張られて、さるところへ久しぶりで進撃したので、とうとう六、七円浪散財[ムダサンザイ]ヨ。」
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!