#622 しきりに考えて中々起きません
それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。
第十六回は、杉田先生の家の中で聞いた忍び泣きしている声の主が誰だったのか考えるところから始まります。どうも男でも老人でもない…「あるいはお梅嬢が」…。こうして力造さんはまた無駄な妄想を始めます。もし、杉田の家に引き移ったら人力車を曳くのをやめようか…お梅も来るだろうから…法律がよく学べるから…。時刻はすでに午前三時。部屋は暗闇が充満しています。となりの部屋の寝言やいびきが聞こえてきます。目を閉じても心だけは覚めているばかりです。下宿屋の下女が雨戸を開けています。日の光はまだ若く、薄青く見えます。
夜具[ヤグ]の中の温[ヌク]まりは口に言はれぬほどの快[ココロ]よさ、蠟燭の心[シン]といふ身の恰好[カッコウ]、王公[オウコウ]から裏店[ウラダナ]まで此処[ココ]の真の味は更にかはりません、こゝの真の美ハ即ち何方[ドチラ]も同じです。まんじりと目を開けて仰向[アオムケ]になッて天井の桟[サン]を勘定し、五本、六本七本と数へ了[オワ]ッてハまた元へ戻ッて更に一本、二本、三本。麁末[ソマツ]な天井板の節穴、およびまだ抜けて穴とならぬ節それらを何か類似のある物に見立てゝ見て、或[アルイ]は自分が曾[カツ]て見聞[ケンモン]したものに比[ヨソ]へ出せばそれから糸は湧いて出て来てぐづ/\また色々な考[カンガエ]が ー 兎角[トカク]阿梅などの方へ移りながら ー 出て来ます。
頻[シキリ]に考へて居ます。大抵は目が覚めるや否[イナ]や忽[タチマチ]に起きる力造ですか、今朝ばかりは中々起きません。「起きやうかなア」とも考へれば何となく起悪[オキニク]く、たゞ未練が残ります。「起きる。起きれば斯[コ]うまづ腕が動いて、そして斯う夜具が持上がッて…瞬く間…このありさまが全[マル]でかはッて」。
たゞ怠[オコタ]ッて起きずに居たのでもありません。外[ホカ]に深くまた考込んで居るからです。どう考へて居ました。どうか、それハまだ秘密です。たゞしかし、やがての内に「うン左様[ソウ]だ」 ー この一言ばかり﹆跡[アト]は莞爾[ニッコリ]と笑ひました。
というところで、第十六回が終わります!
蒲団に入って、妄想しながらモゾモゾしているだけの描写を、すんごい力入れて書いてましたね!w
さっそく第十七回へと入りたいのですが…
それはまた明日、近代でお会いしましょう!
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