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#1429 もしも、おれが仏なら……

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

今日から「第四回の下」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

下 思いやるより増長の愛

裏付股引[ウラツキモモヒキ]に足を包みて頭巾[ズキン]深々とかつぎ、然[シカ]も下には帽子かぶり、二重とんびの扣釼[ボタン]惣掛[ソウガケ]になし其上[ソノウエ]首筋胴の周囲[マワリ]、手拭[テヌグイ]にて動[ユル]がぬ様[ヨウ]縛り、鹿の皮の袴に脚半[キャハン]油断なく、足袋二枚はきて藁沓[ワラグツ]の爪先に唐辛子三四本足を焼[ヤカ]ぬ為押し入れ、毛皮の手甲[テッコウ]して若[モシ]もの時の助けに足橇[カンジキ]まで脊中[セナカ]に用意、充分してさえ此[コノ]大吹雪、容易の事にあらず、吼立[ホエタツ]る天津風[アマツカゼ]、山山鳴動して峰の雪、梢[コズエ]の雪、谷の雪、一斉に舞立つ折は一寸先見え難く、瞬間[マタタクマ]に路[ミチ]を埋[ウズ]め、脛[ハギ]を埋[ウズ]め、鼻の孔[アナ]まで粉雪吹込んで水に溺[オボ]れしよりまだ/\苦し、ましてや准備[ヨウイ]おろかなる都の御客様なんぞ命惜[オシ]くば御逗留なされと朴訥[ボクトツ]は仁に近き親切。なるほど話し聞[キイ]てさえ恐ろしければ珠運別段急ぐ旅にもあらず。されば今日丈[ダケ]の厄介になりましょうと尻を炬燵[コタツ]に居[スエ]て、退屈を輪に吹く煙草のけぶり、ぼんやりとして其辺[ソコラ]見回せば端なく眼につく柘植[ツゲ]のさし櫛[グシ]。

二重とんびとは、袖なしの外套のことで、イギリスのインパネス地方から日本に伝わった西洋の「インバネスコート」を和服用に仕立てたものです。着物は袖が長いため、とんびは和服とも相性が良かったそうです。

「朴訥は仁に近き」とは、『論語』子路第十三の「子曰、剛毅木訥近仁(子いわく、剛毅朴訥は仁に近し)」によるものです。

『万葉集』巻九の一七七七に、石川君子[イシカワノキミコ]の歌「君なくば何ぞ身装[ミヨソ]はむ櫛笥[クシゲ]なる黄楊[ツゲ]の小櫛も取らむとも思はず(あなたがいなければどうして身だしなみをいたしましょう、櫛箱の中にある柘植の櫛も手にしようとも思いません)」があります。

さては花漬売[ハナヅケウリ]が心づかず落し行[ユキ]しかと手に取るとたん、早[ハ]や其人[ソノヒト]床[ユカ]しく、昨夕[ユウベ]の亭主が物語今更のように、思い出されて、叔父の憎きにつけ世のうらめしきに付け、何となく唯[タダ]お辰可愛[カワイ]く、おれが仏なら、七蔵頓死[トンシ]さして行衛[ユクエ]しれぬ親にはめぐりあわせ、宮内省よりは貞順善行の緑綬紅綬紫綬、あり丈[タケ]の褒章[ホウショウ]頂かせ、小説家には其[ソノ]あわれおもしろく書かせ、祐信[スケノブ]長春[ショウシュン]等[ラ]を呼び生[イカ]して美しさ充分に写させ、そして日本一大々尽[ダイダイジン]の嫁にして、あの雑綴[ツギツギ]の木綿着を綾羅錦繍[リョウラキンシュウ]に易[カ]え、油気少きそゝけ髪に極上々[ゴクジョウジョウ]正真[ショウジン]伽羅栴檀[キャラセンダン]の油付[ツケ]させ、握飯[ニギリメシ]ほどな珊瑚珠[サンゴジュ]に鉄火箸[カナヒバシ]ほどな黄金脚[キンアシ]すげてさゝしてやりたいものを神通なき身の是非もなし、家財売って退[ノ]けて懐中にはまだ三百両余あれど是[コレ]は我身[ワガミ]を立[タツ]る基[モト]、道中にも片足満足な草鞋[ワラジ]は捨[ステ]ぬくらい倹約[ツマシク]して居るに、絹絞[キヌシボリ]の半掛[ハンガケ]一[ヒ]トつたりとも空[アダ]に恵む事難し、さりながらあまりの慕わしさ、忘られぬ殊勝さ、かゝる善女[ゼンニョ]に結縁[ケチエン]の良き方便もがな、噫[アア]思い付[ツイ]たりと小行李[コゴウリ]とく/\小刀[コガタナ]取出し小さき砥石[トイシ]に鋒尖[キッサキ]鋭く礪[ト]ぎ上げ、頓[ヤガ]て櫛[クシ]の棟[ムネ]に何やら一日掛りに彫り付[ツケ]、紙に包んでお辰来[キタ]らばどの様な顔するかと待ちかけしは、恋は知らずの粋様[スイサマ]め、おかしき所業あてが外れて其晩吹雪尚[ナオ]やまず、女の何としてあるかるべきや。

現在の宮内庁の前身である宮内省は、皇室事務を司る省庁として1869(明治2)年に設置されました。また1881(明治14)年、太政官布告第63号にて褒章条例が定められます。第一条で以下のように定められます。

第一条
凡ソ自己ノ危難ヲ顧ミス人命ノ救助ニ尽力シタル者又ハ自ラ進デ社会ニ奉仕スル活動ニ従事シ徳行顕著ナル者又ハ業務ニ精励シ衆民ノ模範タルヘキ者又ハ学術芸術上ノ発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者又ハ教育衛生慈善防疫ノ事業、学校病院ノ建設、道路河渠堤防橋梁ノ修築、田野ノ墾闢、森林ノ栽培、水産ノ繁殖、農商工業ノ発達ニ関シ公衆ノ利益ヲ興シ成績著明ナル者又ハ公同ノ事務ニ勤勉シ労効顕著ナル者又ハ公益ノ為私財ヲ寄附シ功績顕著ナル者ヲ表彰スル為左ノ六種ノ褒章ヲ定ム
紅綬褒章
右自己ノ危難ヲ顧ミス人命ノ救助ニ尽力シタル者ニ賜フモノトス
緑綬褒章
右自ラ進デ社会ニ奉仕スル活動ニ従事シ徳行顕著ナル者ニ賜フモノトス
黄綬褒章
右業務ニ精励シ衆民ノ模範タルベキ者ニ賜フモノトス
紫綬褒章
右学術芸術上ノ発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者ニ賜フモノトス
藍綬褒章
右教育衛生慈善防疫ノ事業、学校病院ノ建設、道路河渠堤防橋梁ノ修築、田野ノ墾闢、森林ノ栽培、水産ノ繁殖、農商工業ノ発達ニ関シ公衆ノ利益ヲ興シ成績著明ナル者又ハ公同ノ事務ニ勤勉シ労効顕著ナル者ニ賜フモノトス
紺綬褒章
右公益ノ為私財ヲ寄附シ功績顕著ナル者ニ賜フモノトス

祐信とは江戸時代の絵師・西川祐信(1671-1751)のこと、長春とは江戸時代の絵師・宮川長春(1683-1753)のことです。

綾羅錦繍とは、「あやぎぬ(綾)」と「うすぎぬ(羅)」と「にしき(錦)」と「ぬいとり(繍)」で、美しい衣服のことです。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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