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#1428 第四回は、お辰のことが気になって眠れない珠運の様子から……

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

今日から「第四回」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

第四 如是因[ニョゼイン]

上 忘られぬのが根本[コンポン]の情

珠運は種々[サマザマ]の人のありさま何と悟るべき者とも知らず、世のあわれ今宵[コヨイ]覚えて屋[ヤ]の角に鳴る山風寒さ一段身に染[シ]み、胸痛きまでの悲しさ我事[ワガコト]のように鼻詰らせながら亭主に礼[レイ]云[イ]いておのが部屋に戻れば、忽[タチマチ]気が注[ツ]くは床の間に二タ箱買ったる花漬[ハナヅケ]、衣[キヌ]脱ぎかえて転[コロ]りと横になり、夜着[ヨギ]引きかぶればあり/\と浮ぶお辰の姿、首さし出[イダ]して眼をひらけば花漬、閉[トズ]ればおもかげ、是はどうじゃと呆[アキ]れてまた候[ゾロ]眼をあけば花漬、アヽ是を見ればこそ浮世話も思いの種となって寝られざれ、明日は馬籠峠[マゴメトウゲ]越えて中津川迄[マデ]行かんとするに、能[ヨ]く休までは叶わじと行燈[アンドン]吹き消し意[イ]を静むるに、又しても其[ソノ]美形、エヽ馬鹿なと活[カッ]と見ひらき天井を睨[ニラ]む眼に、此度[コノタビ]は花漬なけれど、闇[ヤミ]はあやなしあやにくに梅の花の香[カオリ]は箱を洩[モ]れてする/\と枕[マクラ]に通えば、何となくときめく心を種として咲[サキ]も咲[サキ]たり、桃の媚[コビ]桜の色、さては薄荷[ハッカ]菊の花まで今真盛[マッサカ]りなるに、蜜を吸わんと飛び来[キタ]る蜂の羽音どこやらに聞ゆる如く、耳さえいらぬ事に迷っては愚[オロカ]なりと瞼[マブタ]堅く閉じ、掻巻[カイマキ]頭[コウベ]を蔽[オオ]うに、さりとては怪[ケ]しからず麗[ウルワ]しき幻の花輪の中に愛嬌を湛[タタ]えたるお辰、気高き計[バカ]りか後光朦朧とさして白衣[ビャクエ]の観音、古人にも是程[コレホド]の彫[ホリ]なしと好[スキ]な道に慌惚[ウットリ]となる時、物の響[ヒビキ]は冴[サ]ゆる冬の夜、台所に荒れ鼠の騒ぎ、憎し、寝られぬ。

馬籠峠は、中山道の馬籠宿と妻籠宿とを結ぶ峠のことです。

「闇はあやなし……」とは、古今和歌集の巻第一(春歌の上)の凡河内躬恒[オオシコウチノミツネ](859?-925?)の「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香[カ]やはかくるる」(闇とはあらゆるものをすっぽりと隠すものだが、春の夜の闇は筋が通らないもので、梅の花の色こそ見えはしないが、その香は隠れているだろうか、いや隠れていない)という歌をふまえたものです。

#1183でも説明しましたが、掻巻とは、袖のついた着物状の寝具、防寒着のことです。

というところで、「第四回の上」が終了します。

さっそく「第四回の下」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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