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#264 第十八回の主人公は女性二人

今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでみたいと思います。

第十八回は、風俗改良の良否について論じられるところから始まります。風俗の違いこそ、人情の違いであり、例えば衣装は、見る人の心を動かし注意をひくためのものではなく、見る人の心持ちを不快にさせないためのものである。日本下駄を不便利だといい、無闇に洋帽をかぶったりするのは、野暮天であるといいます。粋な人の服装とは、必ずしも高価ではなく、どことなく嫌味気が少ないものだと言います。柄に合わない衣服を着るのは、醜いものの一つであり、どうやら、今回の主人公は、その種類の人間のようでして…

一個[ヒトリ]は年のころ二十[ハタチ]あまり、痩[ヤサ]がたにして丈[セ]高くといふ容姿[ナリフリ]にあらねば、楚々[ソソ]などとは称[ホメ]かぬれど、当世むきの円顔出[マルガオデ]にして、愛嬌淋漓[アイキョウリンリ]として、たっぷり備はり、眼は可愛[カワユ]くして口ほどに働き、口はやさしけれど家庫[イエクラ]をも呑むべし。色は雪白[ユキジロ]とはまゐらねども薄化粧の匂ひいと麗しく、頗[スコブ]る御前的[ゴゼンテキ]の品物なり。額は若きに似ずぬけあがりたるを、鬢[ビン]のゆるいのにてごまかしたる、当時流行[ハヤリ]のガックリ島田。その髪飾[カミカザリ]は如何[イカ]にといふに、根掛[ネガケ]はお定[サダ]まりの珊瑚[サンゴ]の上等、利休牡丹[リキュウボタン]の櫛[クシ]に本甲[ホンコウ]の小釵[コトジ]。前へは小形[コガタ]の玉[ギョク]のついた銀簪[ギンカン]一本。上被[ウワギ]は紺地茶[コンジチャ]の万筋[マンスジ]のお召縮緬[メシチリメン]。藍[アイ]の縦横縞[タテヨコジマ]八丈の下被[シタギ]を被[キ]て、銀鼠[ギンネズ]の襟[エリ]のついた中形縮緬[チュウガタチリメン]の長襦袢[ナガジュバン]といふ打扮[イデタチ]。丹線梵字[アカボウヨコモジ]の丸帯をお太鼓に結んで、後円畳附[アトマルタタミツキ]の柾[マサ]に、黒天[クロテン]の鼻緒の附[ツイ]た駒下駄をひっかけ、ちょろちょろそろそろと歩む足元、どうやら軽さうに思はるるは、果して如何やうなる原因によるか。下駄より重いものをつねづねから、穿[ハキ]なれたものとは思はるれど、何を穿[ハキ]なれたか急にはわからず。
今一個[イマヒトリ]は年の比[コロ]四十あまり、よくよく目を留[トド]めて再検査すれば、四十四、五かとも見らるる化物[バケモノ]。痩形[ヤサガタ]にして背スラリッと高く、鼻筋通り色白く、眼にすこしばかり鋭威[ケン]あるゆゑ、どこやら音羽屋の年増[トシマ]めきて、少々すごみある顔附なれども、むかしはさぞかしと思ひやらる。今は老木[オイキ]の桜木にて、色香[イロカ]ふたつながら消失せたれども、ただの素人とは受取られぬ、曰[イワ]くけだし附きの怪しの人物。銘線[メイセン]の小袖[コソデ]に、南京繻子[ナンキンジュス]に博多の腹合[ハラアワ]せの帯を結[シ]めて、糸織[イトオリ]の前垂[マエダレ]を結びし容体[ヨウダイ]。いよいよをかしらしき人品[ジンピン]なるが、手に絹張[カイキバリ]の蝙蝠傘[コウモリガサ]と、長さ一尺ほどありとも見えたる、ふくさに包みたる品物をもちたり。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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