#267 友定さんと顔鳥がいよいよ会います!
今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでいきたいと思います。
第十八回は、風俗改良の良否について論じられるところから始まります。風俗の違いこそ、人情の違いであり、例えば衣装は、見る人の心を動かし注意をひくためのものではなく、見る人の心持ちを不快にさせないためのものである。日本下駄を不便利だといい、無闇に洋帽をかぶったりするのは、野暮天であるといいます。粋な人の服装とは、必ずしも高価ではなく、どことなく嫌味気が少ないものだと言います。柄に合わない衣服を着るのは、醜いものの一つであり、どうやら、今回の主人公は、その種類の人間のようでして、ひとりは二十あまりの女性、もうひとりは四十あまりの女性です。ふたりは、お常さんの住んでいる家に、尋ね人の件でやってきます。ふたりは座敷へと通されまして、お常さんに自身の身元を紹介します。それによると、若いほうは、あの顔鳥で、本名を水野民といい、年増のほうは、お秀さんのようです。お秀さんは、守山くんのお父さんについて尋ねます。
お常はさてはといふ顔色[ガンショク]にて、覚えず小膝をすすませつつ、
常「ハイ。その守山とおっしゃるお方は、私共の少し縁つづきの方でございまして、ちようど今日も新聞の事で、宅へお出[イデ]なすつてでございますが、それぢゃアおまへさんがお袖さんの」お秀は飲剰[ノミアマ]したる煎茶[センチャ]を飲ほし、
秀「ハイ。そのお袖さんと申しますのは。」トいひつつ顔鳥を一寸[チョット]見かへり、
秀「このお民さんと申しまするのが、そのお袖さんの事でございますが、かう唐突[ダシヌケ]に申しましては、定めておわかりにはなりますまい。これにはいろんな来歴[ユクタテ]もございますし、証拠も手前方にございますが、どうか直接[ジキジキ]にお目にかかつて、おはなしいたしたうございますから、ならう事なら守山さまに。」トいへばお常はうなづきつつ、
常「幸ひ奥の間においでですから、早速さう申して参りませう。」トたたんとしたる次の間より、
守山友定「イヤ様子はわかりました。直々[ジキジキ]来歴をうけたまはりませう。」トいひつつ友定が立[タチ]いづれば、此方[コナタ]の二人は席を改め、顔鳥は両手をつき、
顔「はじめましてお目にかかります。アノわたくしは。」トいつたッきり、跡[アト]は口の中[ウチ]でモグモグ、何をいふのか少しもわからず。
友定「ヤ。これははじめまして。」トいひつつ顔鳥を右視左視[トミコウミ]て、またお秀をば右視左視つ、
友定「あらまし次の間にて承知いたしたが、シテお民さんとやらの来歴は、どういふ訳かナ。なんぞ証拠物[ショウコモノ]があるなら、見、見せてもらひませうか。エ。その証拠といふは、マアどんな物ぢゃ。マア出してお見せなさい。」ト入歯もる声いそがはしく、膝をすすめて問ひかくれば、お秀はしづかに会釈をなし、
秀「それではあなたさまが守山亮右衛門さまでいらっしゃいますか。」
友定「ハイ、左様ぢゃ。わしが亮右衛門ぢゃ。もっとも今の名は友定といふが、マアそんな事はあとでもよろしい。アノお袖、イヤお民さんとやらは、今まで何処[ドコ]に如何[イカガ]してをったのぢゃ。そしておふくろはなくなつたか。」
秀「サ。その来歴は長い事でございますヨ。マア一通りおはなしをいたしませう。」ト
これより第十六回にて倉瀬が友芳へ物語りたると同様の筋を語る。この物語のうちには、折々友定がその折々の事情に関して、いろいろ問[トイ]をかくる事あるべく、顔鳥みづからがその間に応じて、さまざま答弁する事あるべし。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!