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#1522 つまりは我が口よりいでし過ち

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

「源太いるか?」と入って来る鋭次。お吉が立ち上がって、「おお親分様、ああこちらへ」と火鉢の前に案内します。お吉の顔を見て「顔色悪いがどうかしたのか。源太はどこへ行ったのか。もう聞いたであろうが清吉めがつまらぬことをしでかしての。それゆえちょっと話があってきたが、むむそうか、もう十兵衛のところへ行ったと……。ははは、さすが源太、すばやい。なあに、お吉、心配することはない。十兵衛と上人様に謝罪をして、幾重にも勘弁してくだされと三つ四つ頭を下げれば済んでしまうこと。聞いた話では十兵衛も耳たぶを切り取られても恨まれぬはず。清吉も俺に『十兵衛を殺したあとはどう始末をつける?』と言われ悟ったのか、『ああ悪かった、間違ったことをした、親方に頭を下げさせるようなことをした』と涙をボロボロこぼしている不憫さは、なんとかわいい奴ではないか。のうお吉、ここはお前の設け役、清吉をどうか……源太がいないと話もいらぬ。どれ帰ろうかい」。お吉は思えば済まぬことばかり。

女の浅き心から分別も無く清吉に毒づきしが、逸りきつたる若き男の間違仕出して可憫[アワレ]や清吉は自己[オノレ]の世を狭[セバ]め、わが身は大切[ダイジ]の所天[オット]をまで憎うてならぬのつそりに謝罪[アヤマ]らするやうなり行きしは、時の拍子の出来事ながら畢竟[ツマリ]は我が口より出し過失[アヤマチ]、兎[ト]せん角[カク]せん何とすべきと、火鉢の縁[フチ]に凭[モタ]する肘[ヒジ]のついがつくりと滑るまで、我を忘れて思案に思案凝らせしが、思ひ定めて、応[オオ]左様[ソウ]ぢやと、立つて箪笥[タンス]の大抽匣[オオヒキダシ]、明けて麝香[ジャコウ]の気かと共に投げ出し取り出すたしなみの、帯はそも/\此家[ココ]へ来[キ]し嬉し恥かし恐ろしの其時[ソノトキ]締めし、ゑゝそれよ。懇話[ネダ]つて買つて貰ふたる博多に繻子[シュス]に未練も無し、三枚重ねに忍ばるゝ往時[ムカシ]は罪の無い夢なり、今は苦労の山繭縞[ヤママユジマ]、ひらりと飛ばす飛八丈[トビハチジョウ]此頃[コノゴロ]好みし毛万筋[ケマンスジ]、千筋百筋[チスジモモスジ]気は乱るとも夫おもふは唯一筋、唯一筋の唐七糸帯[カラシュッチン]は、お屋敷奉公せし叔母が紀念[カタミ]と大切[ダイジ]に秘蔵[ヒメ]たれど何か厭[イト]はむ手放すを、と何やら彼[カ]やら有[アリ]たけ出して婢[オンナ]に包ませ、夫の帰らぬ其中[ソノウチ]と櫛[クシ]笄[コウガイ]かうがいも手ばしこく小箱に纏めて、さて其品[ソレ]を無残や余所[ヨソ]の蔵に籠らせ、幾干[イクラ]かの金懐中[カネフトコロ]に浅黄[アサギ]の頭巾[ズキン]小提灯[コヂョウチン]、闇夜も恐れず鋭次が家に。

「山繭縞」は山繭の糸を絹糸にまじえて織った縞模様の絹布のこと、「飛八丈」は「鳶八丈」のことで、鳶色と黄色または黒色の格子縞に織ったつむぎのこと、「毛万筋」は「万筋縞」のことで、非常に細かい縦縞のこと、「唐七糸帯」は舶来のしゅちんのことで、しゅちんとは、繻子の布地に種々の模様を浮き出させた織物のことです。

というところで、「その二十六」が終了します。

さっそく「その二十七」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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