
#579 お梅さんがお久米さんと呼ばれている理由
それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。
第七回は迷子になった喜代ちゃんを、久米さんと雪さんが家に送り届けたところから始まります。迷子になった喜代ちゃんを人力車で拾って、一旦自分の家に戻った時、喜代ちゃんが車の上にあった力造さんの法律雑誌をうっかり持ってきてしまったことに気付くのですが、その雑誌を喜代ちゃんは久米さんの家に置いてきてしまいます。力造さんの下宿屋の主人夫婦は、喜代ちゃんの親でもあります。無事、久米さんが送り届けると、気になっていたことを尋ねます。「こちらに来間さんという人はいますか」「はい、書生さんで。今出て行っていますけど」「どこへ」「夜学校か、何かへ」。すると、声を低くして、噂話を伝えます。「なんでも夜は人力車を挽いてお金を稼いで、自分だけの力で生活しているそうですよ。感心でしょう」「へえ、何故なんですか?」
「なぜだか知りませんけれども…ですから下宿料ぐらい廉[ヤス]くしてあげてもいゝと思ッて居[オ]りますわ」。
「何処[ドコ]の学校へ御通[オカヨ]ひなさるのです」。
「えゝと、あの何[ナン]とか言ッた、さう/\、あの代言人[デイリシ]になる稽古をする…神田の」。
「代言人」に「デイリシ」というルビが振ってあるので、「代理士」をべらんめえ調で言ったルビかと思ったのですが(二葉亭四迷が『浮雲』でそれをやってますからね!)、しかしここの「デイリシ」は「出入師」で、江戸時代、当事者に代わって訴訟を進めたり、手続きを指導したりすることを業としていた者のことです。
「なるほど、左様[ソウ]でございますかねエ」。
何気[ナニゲ]ない体[テイ]で言ッたつもりですが、しかし顔色もほとんど凡[タダ]でありません。胡麻化[ゴマカ]さうと手など擦[コス]ッて居ますが、それだけに又跡[アト]を継ぐ言葉も容易[タヤス]くハ出て来ません。
告別[イトマゴイ]して阿雪[オユキ]と共に家[イエ]へ帰着[カエリツ]けば待構[マチカマ]へて居た老人夫婦は均[ヒト]しく言葉をそろへ、
「まだ聞かなかッたが、喜代ちやんは一体どうしたの、迷児[マイゴ]になッて居たのかえ」。
「えゝ、矢来町で」。
始末をば説了[トキオワ]りましたが、しかし車夫について疑[ウタガイ]を抱[イダ]いたことなどは胸に秘めて决[ケッ]して言出[イイダシ]ません。老女は更に膝をすゝめ、
「牛込[ウシゴメ]へ行ッたら何[ド]うだッたえ」。
「それが肝腎[カンジン]だ。御前、何と言ッたえ。さア御話し」。老人も身を入込[イリコ]ませました。
さて爰[ココ]でこの処女[オトメ]、身上[ミノウエ]を言はなくてハ為[ナ]りませんが、この処女[オトメ]が即[スナワ]ち例の阿梅[オウメ]といふものです﹆前夜[ゼンヤ]力造が本郷まで載せて行ッた客の妹[イモト]の。それで何故[ナニユエ]老人夫婦はそれを阿梅[オウメ]とは呼ばないで、阿久米[オクメ]などゝ言ふのでしやう。
これがすごい気になっていたんですよ!
これハ世によくあること、今迄[イママデ]住[スマ]ッて居た処[トコロ]の隣に阿梅[オウメ]とか言ふ下女が有ッたゝめ、たゞそれと同じなのを避けるため、仮に阿久米[オクメ]と呼んで居るので何も別に仔細[シサイ]の有るのでも有りません。
えぇ〜!もっと深い理由じゃないんかい!w
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!