#316 これじゃ『当世官吏気質』だよ…
それでは今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。
記念すべき第一回のタイトルは「アアラ怪しの人の挙動[フルマイ]」です。冒頭は、いつぞやの10月28日の午後3時ごろ。「神無月も最早[モハヤ]跡二日[フツカ]の余波[ナゴリ]」と表現されていることから、旧暦時代の話かもしれません。新暦なら、10月は31日までありますから計算が合いません。神田見附の官庁から、うようよ、ぞよぞよと湧き出てくるのは、様々な形の髭を蓄えた男たち。
この出だしを読んでも、言文一致の清新さを感じられず、このまま進むと、『浮雲』どころか、『当世官吏気質』という書名が相応しいのではと思えるほどです。それくらい、逍遥の影響が前面に出てしまっています。髭に次いで、話はこんなふうに続きます。
髭に続いて差[チガ]いのあるのは服飾[ミナリ] 白木屋[シロキヤ]仕込みの黒物[クロイモノ]ずくめには仏蘭西皮[フランスガワ]の靴の配偶[メオト]はありうち、これを召す方様[カタサマ]の鼻毛は延びて蜻蛉[トンボ]をも釣るべしという
京都で材木商「白木屋」を営んでいた初代大村彦太郎が、日本橋通り2丁目に小間物商「白木屋」を創業したのは1662(寛文2)年のことです。それから3年後の1665(寛文5)年に日本橋通り1丁目に移転、越後屋(現・三越)・大丸屋(現・大丸)と並んで江戸三大呉服店と並び称されました。和洋折衷の3階建てに新装開業したのは、『浮雲』第一篇出版から16年後の1903(明治36)年のことです。木馬やシーソーなどを備え、蕎麦屋・汁粉店・寿司店などの飲食店も出店し、これが百貨店の先駆けとなりました。
これより降[クダ]っては背皺[セジワ]よると枕詞[マクラコトバ]の付く「スコッチ」の背広にゴリゴリするほどの牛の毛皮靴、そこで踵[カカト]にお飾を絶[タヤ]さぬ所から泥に尾を曳く亀甲洋袴[カメノコズボン]、いずれも釣[ツル]しんぼうの苦患[クゲン]を今に脱せぬ貌付[カオツキ]、デも持主は得意なもので 髭あり服あり我また奚[ナニ]をか覔[モト]めんと 済[スマ]した顔色[ガンショク]で火をくれた木頭[モクズ]と反身[ソックリカエ]ッてお帰り遊ばす イヤお羨しいことだ その後[アト]より続いて出てお出[イ]でなさるはいずれも胡麻塩頭[ゴマシオアタマ] 弓と曲げても張[ハリ]の弱い腰に無残や空弁当[カラベントウ]を振垂[ブラサ]げてヨタヨタものでお帰りなさる さては老朽してもさすがはまだ職に堪えるものか しかし日本服でも勤められるお手軽なお身の上 さりとはまたお気の毒な
ということで、このつづきは…
また明日、近代でお会いしましょう!