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#594 お梅=杉田の妹=頭巾の女=お久米

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

第九回は、浅草の年の暮れの様子から始まります。歳の市の賑わい…蕎麦屋も、子供も、せわしない様を見せています。植木屋も煮豆屋も貸本屋も皆忙しくしているなか、休みが近くなった書生だけは暇を持て余しています。本郷真砂町をぶらぶら歩いている力造さん。衣服もベラベラで、古びた帽子を目深にかぶっています。どうやら、先日乗せた女性の家を探しているようで、目星をつけた家の表札を見ると、自分の学校の先生と同じ名前「杉田別宅」と書かれています。力造さん、みぞおちをえぐられるような胸騒ぎを覚えます。垣根ごしに庭の方を覗き込むと、美人が早咲きの梅を折っています。

「是[コレ]だな、これが此間[コノアイダ]の夜[バン]の婦人なンだな」。さすがに心で期[キ]して居た物を見付ければ、顔ハ見合ハせぬながらも、何[ナン]となく胸はとゞろき出すやうで、思付[オモイツ]いて心で評したのは只[タダ]「中々[ナカナカ]の美人だな。道理で此間[コノアイダ]の晩頭巾の間から洩れた目付[メツキ]が美[ヨ]かッた」。これら二ツだけの着目ぐらゐな物です。
愚図々々[グズグズ]して彳[タタズ]んで居るわけにも行[ユ]かず…あゝ足だけ残して腰から上は掻消[カキケ]してしまひたいやうな。「見るか知らん、此方[コチラ]を」見られては困ると知[シリ]つゝもそれで更に横から横目を忍ばせる埒[ラチ]の無い素振[ソブリ]﹆がッかりとして居る処へがら/\駆けて来た人力車これに辛[カロ]うじて気を附けられました。
踵[キビス]、重い踵、それを強[シ]ひて挙げて歩出[アユミダ]す間[マ]も無く、いよ/\浮かんで来るのは杉田別宅といふ事です。
「杉田別宅?此間[コノアイダ]の晩あの客を乗せて弓町[ユミチョウ]へ行ッた時、門で出逢ッた婦人、あれが行ッた先ハ、や、左様[ソウ]だ、この真砂町の方へ向[ムカ]ッて来たらしかッた。真砂町!杉田!」
をかしく刻出[キザミダ]して考出[カンガエダ]せば我知らず足は(何のため或る処の方へ向いて行[ユ]きました。何処[ドコ]の方。弓町の客の家[イエ]の方です。
さてその弓町の客の家[イエ]の前へ心覚[ココロオボエ]のまゝ尋ねて行ッて見れば、実に吃驚[ビックリ]しました、その家に打ッてあるのは「杉田素清[モトキヨ]」といふ標札[ヒョウサツ]で、その杉田素清といふのハ別人でも無く力造の学校の教師の杉田です ー 私犯法を教へて居る。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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