#1039 「御無事で……」言うも咽び声 25 tokkodo/とっこうどう 2023年7月8日 07:12 それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。やせ衰えた体で脛を組み、刀にすがって乱髪の頭を垂れる小四郎。自分の体も今宵で見納め……。思い出すのは、妻の若葉のこと。出陣の際の別れは、2月6日、春の曙……。従者である郎党が、小四郎の草鞋を直しながら言います。⦅大分[ダイブン]白[シラ]むで参りました⦆若武者は首肯[ウナズ]くばかり。やがて草鞋の紐を結び。立上[タチアガ]て二度三度足踏[アシフミ]して。⦅若葉……兜⦆声の下。郎党心得て。物をもいはず若葉の手より。もぎ放すやうに兜を請取[ウケト]る。凋[シオ]れて式台に座したる若葉。じり/\と居去[イザ]ツて夫の草摺[クサズリ]に縋[スガ]れば。振[フリ]むける顔-見上[ミアゲ]る顔。両人[フタリ]ながら身を動かさず声を出さず-。只[タダ]見詰合[ミツメアイ]しが。四[ヨツ]の眼[マ]ばたき。自[オノズ]から隙[ヒマ]なく繁[シゲ]くなりて。堪えずや一雫[ヒトシズク]……若葉か。次[ツイ]で一滴……守真か。跡[アト]は孰[イズ]れを誰[タレ]のと分[ワカ]たず。傍[ハタ]に見る郎党は。手持無沙汰[テモチブサタ]の気の毒顔。手に持つ兜の星を数へて。素知[ソシラ]ぬ風[フウ]にもてなす。若葉は女気[オンナギ]の脆[モロ]く。一声[ヒトコエ]わッと啼[ナキ]たつるに。守真もたまりかね。草摺にかけし妻の手を執り。引寄[ヒキヨ]する時。郎党と顔見合せ……其手[ソノテ]を苛[ムゴ]らしく振払[フリハラ]ツて。一足[ヒトアシ]蹈出[フミイダ]す⦅暫[シバ]し⦆と言ひながら鐺[コジリ]に取附[トリツク]を。またふり切り。「鐺」とは、刀の鞘の末端部分のことです。⦅健固[ケンゴ]で……参れ六郎太[ロクロウタ]⦆俯[フ]す若葉の耳に響く足音。すはや行[ユ]く。⦅御無事で……⦆いふも嗚咽声[ムセビゴエ]。矢庭にたちあがり-逐[オ]ひかけ門口[カドグチ]まで走り出て見れば。其処[ソコ]に。あレ二人の姿……急足[イソギアシ]に。まだ袖や草摺の音も聞[キコ]ゆる間近[マヂカ]。⦅声が掛[カケ]たい……六郎太の手前……えェ名残が惜しい⦆門[カド]の柱にしがみ附き。身悶[ミモダ]え-足蹈[アシブ]み-袂[タモト]を喰裂[クイサ]き⦅えーツ……えーツ……えーツ⦆胸は沸[ニ]える。五臓はちぎれる。身を伸ばして見亙[ミワタ]せば。二人の影は二尺ばかり。右か……左は威毛[オドシゲ]白し。白きが夫。えェ重なり合ふ。叱[シッ]……六郎太脇へ寄れ。⦅あノ閃きは長刀[ナギナタ]……長刀は守真様⦆姿はいつか朧[オボロ]……霞[カス]みて。霞の中[ウチ]に薄黒きを心当[ココロアテ]に。其人[ソノヒト]と詠[ナガ]め入[イ]りしが。生憎[アイニク]眼を曇らす乾[イ]ぬ涙。拭ひてまた見れば。その薄黒き粒も跡なく消ゆる。消えてほしき霞は消えもせで。ということで、この続きは……また明日、近代でお会いしましょう! ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #読書感想文 220,532件 #日記 #毎日note #小説 #毎日更新 #読書 #読書感想文 #文学 #小説家 #明治 #近代 #近代文学 #紅露時代 #尾崎紅葉 #二人比丘尼色懺悔 25