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#1277 後編第三十一章は、余五郎がお艶のもとを全く訪れなくなったところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その三十一」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

(三十一)つれなき人や
秋過ぎ冬となりて、世人[ヒト]は節季[セッキ]師走と、明日[アス]にも地球の破裂せむやうに騒ぐ中を、葛城夫婦は熱海に冬籠[フユゴモリ]して、やう/\明くる年の一月末[スエ]に帰京せし当座、余五郎はお艶を訪ねしまゝにて、二週間余[ヨ]も姿を見せざりけり。
若様の出来ぬ前までは、一月[ヒトツキ]に唯[タダ]一度のお越[コシ]のこともありけるが、お子の可愛[カアイ]さに、此頃[コノゴロ]では一週間に一度は欠[カカ]されぬ、其[ソノ]心慣[ココロナラ]ひに待[マタ]るゝを、何とした事やら、案じられて紅梅に訊[タズヌ]れば、私[ワタクシ]へも弗[フツ]とお出[イデ]のあらざれば、御同様に案じきつてをりまする。直[ジキ]に様子を探[サグリ]まして、知れ次第お話を致しましよ。どうもお浮気筋[ウワキスジ]ではあるまいか。多分は其[ソレ]と鑑定いたしました、と妄推慮[アテズイリョ]の噂のみにて別れけるが、ニ三日経[タチ]て、探りあてたりとて紅梅はわざ/\来[キタ]りて、鑑定に違[チガ]はず、新橋での大浮[オオウカ]れ、新聞にまで出[デ]たる始末と聞けば、またお才様の二代目が出来やうも知れませぬ。追々[オイオイ]歳も取らる〻に、浮かれ過ぎはお身の毒でも、こればかりは御意見がならず、と狐色[キツネイロ]に焼く。
お艶は妬[ネタマ]しき顔もせず、余之助の愛らしさに慰められて、三月にもなれど更に音信[オトズレ]はあらざりけり。
いかに余所[ヨソ]に面白き処ありとて、遊ばる〻に念の入[イ]り過ぎた。此[コノ]お子の初の誕生日をも忘れて、今日までも便[タヨリ]をしたまはぬは、無情人[ツレナキヒト]や。我身[ワガミ]は兎も角も、血を分けたる余之助様を、愛[イト]しとは思ひたまはぬか。会[タマ]には顔見たうおもはるゝこともあるべきに、ようも辛抱のなることぞ、と有繫[サスガ]に怨みながら逢ひには行[ユ]かれず。書信[フミ]など出[ダ]さむも憚[ハバカ]りありて、思ひ結ぼる〻折の友の欲しきに、紅梅は道を忘れたらむやうに、絶えて訪[ト]ひ来[コ]ざるは、什麼[イカ]にしけむと、此方[コナタ]より訪[タズ]ぬれば、不思議にいつも留守にて、また母親の病気の重[オ]もりたるにや、気遣はれて訊[タズ]ぬるに、然[サ]にもあらざる由[ヨシ]。
何事も打明[ウチア]けて語合[カタリア]ふ中に、彼人[カノヒト]の出先[デサキ]も大方知らぬことは無きに、此般[カク]頻繁[シゲシゲ]何処[イズク]へは出[デ]らる〻ぞと、疑念[ウタガイ]は霽[ハ]れず。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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