それでは今日も尾崎紅葉の『多情多恨』を読んでいきたいと思います。
鷲見が二階の奥の居間で待っていると、あるじの葉山があがってきます。葉山は鷲見の格好を見て「なんだ学校へ出る装束じゃないか」「今朝墓参りに行ってきた」「その帰りかね」「きみ、これを見たまえ」と言って一枚の絵を渡します。インドの女性が鉢を抱えた立ち姿の絵である。「よく見たまえな、似とるじゃないか」「誰に?」「死んだ類にさ」「似ているものか、気の迷いだよ」「似ておらぬ?よし!」と言うと、上衣から都合四枚のお類の写真を出します。これには葉山も驚く。逆らわぬがよかろうと真面目に絵と比べて「そういえば似ている。一緒にしておきたまえ」と写真と共に包んで返すと葉山は「この煙草は墓参りに行く途中で買ったのだ。そうするとこれが中に入っていたのだ。その帰りに婚礼を目撃すると、風呂敷の紋が妻の紋でゾッとしたよ」「そんな話はよそうよ。陰気でいけない、陰気で」
1882(明治15)年6月25日、東京馬車鉄道会社が日本初の鉄道馬車を開業します。目抜き通りの中央に4フィート6インチの軌道を埋め込み、1903(明治36)年に電車に転換されるまでの20年間活躍しました。開業当時は新橋~日本橋間、開業時47頭だった馬は、年末には226頭に増え、路線も日本橋から延伸され、日本橋~上野~浅草~日本橋の環状線が開通します。新橋~全区間は2時間、新橋~浅草橋経由~浅草までは46分、新橋~万世橋経由~浅草までは42分、浅草~上野までは16分、料金はこの3区分制で一区間一等車は3銭、二等車2銭でした。
ということで、この続きは……
また明日、近代でお会いしましょう!