それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。
浮葉に露の玉がゆらぎ、立葉に風がそよふく夏の眺めもさらりとなくなり、赤とんぼが菱藻をなぶり、初霜が向丘の梢をそめます。世を忍ぶようにそろりと歩く白鷺、暮れゆく空に光り出す星を背に飛ぶ雁、そんな不忍池の景色を酒の肴にして、蓬莱屋の裏二階で気持ちよさそうに人を待つ男がいます。職人らしい言語挙動に見えながらすこしも下卑ぬ上品さ。「さぞお待ちどおでござりましょう」と馴染みのお伝という女が言います。「お待ちどおで、お待ちどおで、たまりきれぬ。人の気も知らないで何をしているであろう」。ようやく来たのは、艶もなき武骨男、ぼうぼう頭のごりごりヒゲ、顔は汚れて着物は破れています。源太は笑みを含めながら、「さあ十兵衛、ここへ来てくれ」。こんなところへ来てもらったのは何でもない、じつは仲直りしてもらいたくて……こないだの夜、おれが言い過ぎた事を忘れてもらいたい。「聞いてくれ、こういうわけだ」。こないだの夜は、きさまが分からぬ奴と思って腹も立ち、癇癪も起こし、業もにやし、頭を打ち砕いてやりたいと思ったが、その夜、酔った清吉の無茶苦茶を聞いて、了見の小さい奴とはつまらぬことを理屈らしく恥ずかしくもなく言うものだと思った途端、きさまの家で並べ立てた俺の言い草も似たり寄ったりと気づいた。昨日、上人様からのお招きで行ってみれば、「十兵衛に普請一切を申しつけた。陰になって助けてやれ。そなたの善根福種になるのじゃ。十兵衛が仕事に取り掛かる日には、何人も雇うその中に、そなたの手下の者も混じろう。必ず、そねみ、ひがみが起きぬように、そなたからよく言い含めてやるがよい」。何から何までお見透しの慈悲深い上人様のありがたさ。十兵衛、こないだのことは堪忍してくれ。いままでどおり、清く睦まじく付き合ってもらおう。あとに残して面倒こそあれど益のないこと。不忍の池にさらりと流して俺も忘れよう。十兵衛、きさまも忘れてくれ。
引き合いとは、買い入れるときの交渉のことです。
「ピンでなければ六が出る」とは、サイコロの一[ピン]と「六」は、ちょうど表と裏にあたるところから、中途半端なものではなく、どちらかにきっぱりと割り切ることをいいます。
というところで、「その二十一」が終了します。
さっそく「その二十二」を読んでいきたいと思うのですが……
それはまた明日、近代でお会いしましょう!