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#1008 庵の尼の過去がだんだんみえてきました

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

谷陰にひっそりと佇む庵……茅葺は黒ずみ、壁は破れ、竹縁は踏み抜けそうです。ここには暦日がなく、昼は木を伐る音に暮れ、夜は猿の声に更けます。そんな庵に、ひとりの比丘尼が訪れます。どうやら、慣れぬ山道に迷ったようで、一晩泊めてほしい、とのこと。21歳の主人が見るところ、客人は、ねたましく思うほどの容色で、自分よりも2歳ほど若くみえます。客人が主人を見ると、世に捨てらるべき姿、世に飽くといふ年で、自分の成れの果てかと思います。主人も客人も互いに一様の思いはありますが、言い出す機会がありません。夜が更け、梟が鳴き、狼の遠吠えが聞こえます。和紙で出来た蚊帳を吊り下ろして、ふたりは寝ることに……。主人のいびきが微かに聞こえてきますが、客人は目を閉じても心は冴えて眠れません。枕辺には、行燈の火影に、今は蚊帳となったかつての書き置きが映り、目に入ります。客人はその書き置きを読むことにします。どうやら、内容は、戦場へ赴く男が相手の女性にしたためた手紙のようです。涙ながらに読み終え、改めて手紙を見ると、筆跡が知っている人に似ています。

暫[シバ]らく思案に沈み ⦅あァー気の迷[マヨイ]⦆
口にはいへど心に掛[カカ]るか。半頃[ナカゴロ]から七八行見返[ミカ]へして
⦅乱世の習[ナライ]とはいひながら。酷[ムゴ]たらしいお連合[ツレアイ]の討死[ウチジニ]……南無阿弥陀仏……其故[ソレユエ]の御発心[ゴホッシン]か……お道理……似た身の上もあるもの⦆
人の哀[アワレ]-吾[ワガ]哀。一時にさしぐむ涙。
⦅あァつ思へば夢の浮世⦆
主人[アルジ]の尼は不図[フト]目覚まし。客のつぶやきを聞尤[キキトガ]めて。
⦅どう遊ばしました⦆
客は鼻をつまらせ。
⦅おーお目覚[メザメ]遊ばしましたか。只今このお文[フミ]を拝見致しまして……⦆ 主人[アルジ]は眉を顰[ヒソ]め ⦅文[フミ]……⦆
⦅このお書置[カキオキ]⦆
不注意をわれと悔[ク]ゆるか。主人は⦅あッ⦆と言ひしまゝ。言葉は次[ツイ]で出でず。扨[サテ]は秘する事か。卒爾[ソツジ]なと心付きし如く。客も言葉をためらひしが
⦅このお書置の若葉様とおツしやるは。あなたの俗のお名で御坐りますか⦆
此[コノ]山中[ヤマナカ]の詫住居[ワビスマイ]。遁世[トンセイ]してより若干[ソクバク]の月日。いつにも今の法名[ホウミョウ]だに。知りて呼ぶ人なし。まして俗の名-若葉……他人の名か。鈍[オゾ]や我耳に珍らしく聞[キコ]ゆ。我名[ワガナ]……若葉……俗の名……俗の時。それを思へばはや涙。萎[シオ]れ声にて。
⦅はィ若葉と申しました⦆

主人の過去が少しずつみえてきましたね……

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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