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#547 すこぶる真面目な、くるまやさん

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

時刻は夜9時ごろ。どうやら季節は冬のようで、ガス灯の明かりは霧にかき消され薄暗く、犬が吐く息は白い寒気を含んでいます。月には雲がかかっていますが、風はその雲をはらうこともなく、ただ寒気を吹き寄せるばかりです。川に沿って、五六台の人力車が並んでいます。そこで、車夫たちの愚痴り合いが始まります。内容は「身勝手な客について」でして…。運賃が高いと言う客に苛立つことを愚痴ると、別の車夫が「それは客の勝手だ」と言います。すると「なに勝手?だから、そいつらは勝手な奴らだ」と、「勝手」の意味を履き違えて話が進み、乗合馬車と同じ運賃で人力車に乗ろうとする客の話をします。その話を聞いた別の車夫が、単なる辻乗りなのに、まるでお抱え車のように扱う「身勝手な客」の話を始めます。

天地[テンチ]はわがために出来た物、宇宙は自分のために作られたものといふやうな大見識[ダイケンシキ]、他[ヒト]といふことは全く別物にして只[タダ]自我[ワレ]をのみ胸にわだかまらせる一種の哲学者、はて車夫といへば卑しいでしやう、貧民といへば下卑[ゲビ]て聞[キコ]えましやう。けれど之[コレ]を以[モツ]て利己主義の哲理を履行[フミオコナ]ふものと言へば…しッ止めましやうよ、不道徳者から攻撃が来るかも知れませんから。
夥伴[ナカマ]二人の物語をば最前[サイゼン]から、一寸[チョット]口を出したばかりで後[アト]は黙然[モクネン]として聞いて居る一番年の弱[ワカ]い車夫は此処[ココ]でやうやく口を開きました。
「けれど御前[オマエ]、酒代[サカテ]を増させるといふなア一体不法な事ぢやア無いか」。「御前」…はて比較上丁寧な言葉、「一体不法」…不審…車夫に似合はぬ口前[クチマエ]…「なン…なッぜイ。」声に力が入ッて居ます。

まだこの頃、「お前」は比較的丁寧な呼び方だったんですね。

「なぜッて」、蹴込[ケコミ]へ腰を楚[シカ]と据ゑ、月を後[ウシロ]にして居ますから顔は見えませんが、笑[ワライ]を帯びたといふやうな声で、「制規外[セイキガイ]の…つッ…規定[サダメ]の外[ホカ]の賃銭[チンセン]を取るのが道理ぢや無からう。

「蹴込」とは、人力車が走っている時に客が足を乗せている所です。

比[タト]へば、ねエ、此処[ココ]から何処[ドコ]かまで五銭なら五銭で」…「何[ナン]だな、五銭…拳固[ゲンコ]と言ひねエ」。「符帳[フチョウ]でか?符号は元来暗号で、人に知られて嫌[イヤ]なことがあるから用ゐるンだ。何も商人[アキンド]の符帳ぢやア無し、車夫[クルマヤ]の直段[ネダン]を人に隠す理由[ワケ]があるまい。そンな物なら使はなくッてもいゝや」。それでも素直[スナオ]な性質[タチ]と見え、後[アト]二人の車夫どもゝ理[リ]を聞入[キキイ]れて一同に笑出[ワライダ]しました。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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