源泉回顧録【山形 肘折温泉の思い出③ 完結】
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肘折での滞在は1週間から10日ほどと考えていた。当然素泊まり、台所となるのは「カネヤマ商店」。肘折名物朝市は冬季は開催されないため、この店が頼みの綱。およそ4年振りに店内へ。こんな感じだったな、と過去の記憶が蘇る。
だが、求めていたものがない。以前は確実にあったおにぎりや弁当などの類が一切置かれていない。残っていたコッペパンとカレーパンをとりあえず確保。
よくよく考えれば、前訪の時とは時期と市況が全く違う。年の瀬も迫り、疫病の拡大とGoToトラベルキャンペーン中止の三重奏。街は閑古鳥状態で、既に門松が館前に出ている宿も。商店としては売れないものを仕入れるはずもない。
これから数日間パンだけの生活はかなりのがっかり感だ。退院後は食生活にも気を遣い、体調不良の不穏因子を排除すべく、小麦粉を極力摂取しない生活を送っていた。テニスのジョコビッチ選手がグルテンフリーを実践し、大幅な体質改善に成功したことは良く知られている。
最寄りのコンビニから遠く離れた地、パンがあればまだしも明日以降これらを手中に収められる保証もない。その他、カップラーメンやお菓子類は並んでいたが、折角の湯治生活もジャンクフード漬けでは本末転倒。暗雲漂う肘折生活の幕開けとなった。
それでも、源泉に浸かれば明鏡止水。
開湯1,200年の歴史を誇り、肘を折った老僧が湯に浸かり治療したという伝説が残る源泉は秀逸。町中に張り巡らされた側溝を流れるのは茶褐色に濁った湯。旅館群の裏道に入ればどこからともなく無数の湯煙が漂う。組合管理の源泉に加え、自家源泉を保有する宿も多い。
肘折発祥の湯でもあり街のシンボル「上の湯 共同浴場」は毎日通った。宿泊者は泊数分の無料入場券が渡されるため、タダで入ることができる。一見公民館にしか見えない鉄筋コンクリート造りの浴場に入ると番台が。前訪の際は管理人が座っていたが、今回は誰もいなかった。
浴室はカランなし、シャワーなし、石鹼シャンプーなしの共同浴場スタイル。湯口の上には湯船を見守る様にお地蔵さんが備えてある。開湯伝説にもなった僧侶だろうか。
湯を見て驚くのはその色。使用されているのは組合が管理する混合泉、無色透明でこの日は少し青みがかっていた。この一帯の旅館や、街はずれにある日帰り施設「いでゆ館」も同じ源泉だが、これらは鶯色や茶褐色に濁っている。
これは湯が酸化したことにより変色したもの。全てがその通りではないが、多くの源泉はその鮮度が良いほど透明、ポンプでの引湯や湯張りなどにより劣化するほど色が付く。街が大切に守ってきた共同浴場の湯は、例に漏れずフレッシュで最良の質であった。
宿泊の三春屋は自家源泉も保有しており、こちらは貸切でいただける。金気臭のする濁り湯で保温効果は抜群。冬の肘折は、日が落ちると氷点下にもなったが、就寝前に身体をあたため布団に飛び込めば朝まで暖房要らずだった。
このままペースを掴めれば、、そんな中迎えた大晦日。思わぬ形で肘折を去ることになる。三春屋は大晦日は予約が取れず、宿を移すことになっていた。食事問題は初日から尾を引いており、前日までほぼパン生活。チェックイン時間までやることもなく、買い出しも兼ね一度新庄方面へ出ることにした。
山形と言えば「板蕎麦」を名物に持つそば大国。街中にはポツポツと蕎麦屋が点在していた。久々に美食で胃を満たした後、コインランドリーで溜まっていた洗濯物を回すことに。
乾燥終了までの60分。その間、徐々に強まり始めた横殴りの雪。肘折を発つころにも降雪はあったものの、視界を遮るほどではなく運転を恐れるまでもなかった。文庫本を読みながら時間を潰し、時々外に目をやる。初めて見る雪国の本降りに開口。
「ヤバいかも、、、」
ここはまだ新庄市内。これから再アタックするのは日本一の豪雪地帯。晦日から元日にかけて、観測史上最強(毎年聞く)とも言われる寒波が襲っていた。国道なので除雪はされているだろうが、恐れたのはホワイトアウト。
つい2か月前まで入院生活を強いられていた身体。スタックしたらどうすることもできない。
少しずつ肘折方面へと向かったが、ワイパーをフル稼働させても払いきれぬ猛吹雪。キャンセル料の支払いも覚悟で宿に電話を架けた。とりあえず、現状を素直に伝えようとした。
私 「予約のヨシタカです。実は今新庄の辺りにいるのですが・・・」
受付 「お車は4WDでしょうか?」
私 「いいえ、実は1,200ccで」
受付 「ご無理をされない方がよいかもしれません。キャンセルはこちらでしておきますので。」
私 「申し訳ございません。」
どうやら、私以外の宿泊者からもキャンセルの電話が来ていたようだ。
「つたや肘折ホテル」という旅館。受付の女性の対応に好感を持った。
大晦日の昼過ぎ、当日予約の宿探し。もう、頼れるのはあそこ以外にない。400本の源泉を持ち、80軒以上の宿を構える「鳴子温泉郷」。新庄駅からは50分あれば到着する。
じゃらんで検索をかけるとあっさり空き部屋を発見。向かったのは温泉郷最西端の中山平。寒冷前線から逃れるように太平洋方面へ。
降雪はあったものの次第に落ち着き、無事に紅白歌合戦を見届け新年を迎えた。
一生忘れることのない、肘折温泉と元日の思い出。
令和3年1月ごろ
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