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難病営業マンの温泉治療㊳【会津東山温泉】

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 出発から40日が経過。満身創痍の身体で飛び出したあの日、痛みから真っ直ぐ歩くことも出来ず、5分と立っていられなかった。

 神経疾患が酷く、2日間眠れないことなど当たり前。布団に横になり瞼を閉じても瞳孔が反射的に開く。薬を服用し、ようやく眠気が襲ったころに訪れる線維筋痛症のフラッシュバック。

 ボウガンで撃たれる夢、海に沈められる夢、斧を頭部に振りかざされる夢・・・滝の様な汗が流れ、壊死したように冷え切っていた全身。
 

 何とか生きて帰れそうだ。鍼、食事療法、整体、薬・薬・薬、、、
全て効かぬこの身体。温泉治療だけは効いてくれた。日常生活は何も困らない程度までに回復した。

 採血などの所用のために一時帰宅。会社の同僚にも顔を見せ、無事を報告せねば。あと、未だに履いているスタッドレス。出発したのは4月末、5月上旬の八幡平は雪が降っていたのだ。いい加減履き替えよう。

 これが、一旦最後の宿。


 安達太良方面から南西へ、最終宿泊地「東山温泉」を目指す。ナビは磐越道へと乗せようとするがここは敢えて下道。野口英世の生家を超えると猪苗代湖へ出た。

 東北地方最大、別称「天鏡湖」とも言われる透明度の高い湖。快晴となったこの日、蒼天を反射した湖面は青々と輝いていた。レイクサイドを10分程快走すると、白虎隊の街会津若松市へと入った。


 福島を代表する温泉地の一つである「東山温泉」。
福島県内は随分回ってきたがここは初湯。観光地を好まず、秘湯系・鄙び系を愛湯する私にとっては若干二の足を踏む地。

 どうも、鬼怒川温泉や伊豆半島の一部温泉街などとカブるのだ。高度経済成長期に大量開発された巨大ホテルに、多額の負債を抱えたまま倒産した旅館。所有者不明で解体費用も捻出できず、朽ち果て、コンクリート壁に垂れ下がる不気味な蔓草。林立する廃墟、暗澹たる温泉街・・・


 何となく脳裏に埋め込まれた東山の印象。だがその源泉の実力は折り紙つきだ。
 開湯1,300年、毎分1,500ℓの湧出量を誇り、江戸時代には湯治場として会津藩を支えた歴史がある。言わずと知れた国の登録有形文化財第1号「向瀧」は、温泉ファンでなくても一度は泊まりたい名宿。自然湧出の自家源泉を持つ。

 その隣、「くつろぎの宿 新滝」は近代的な造りの大型施設だが、その地下には「千年の湯 岩風呂」がある。全国でも希少な足元湧出泉。こちらでは一人素泊まりを受けてくれるようだ。通常ならば予算オーバーだがじゃらんの500円クーポンと、本旅で貯まったポイントを充当し格安で投宿に成功した。

 チェックインを前に温泉街を一回り。確かに鬼怒川には劣るかもしれないが、想像以上の廃墟街となっていた。流石に毎分1,500ℓの湧出量と言えど、こんなデカい温泉街を支えるのは無理だ。街の崩壊は湯をぞんざいに扱った応報かと邪推してしまうほど。


 ちょうど街の中心街、有形文化財「向瀧」が姿を現した。その美しい木造建築、造詣が深い訳ではないが古都の寺院を眺めるように見入った。こちらは一人泊まりは不可。激安貧乏旅とは無縁の宿、いつか別の機会に。


 すぐ横「新滝」駐車場に到着。15時少し前だったが、従業員がご丁寧にお出迎え。”じゃらんOF THE YEAR 売れた宿大賞” で11年連続東北地方で一位になるという名宿は、流石に施設スタッフ共に洗練されている。厚遇に慣れておらず少々落ち着かない。

 本旅初の洋室へと案内され、少しの休憩。部屋も清潔感があり、東北チャンピオンに違わぬホスピタリティ精神を細部に感じる。ロビー横にはラウンジがあり、フリードリンクや地酒が飲み放題。こちらで喉を潤し、源泉へと向かった。

 歴代会津藩公の湯【千年の湯 岩風呂】は、15時から19時までは自由に入浴可能。その後は25分1,000円と少々高額で貸切専用となる。到着時間15時15時30分。いざダイブ。
 

 「なぜもっと早く来なかったのだ」


 そう素直に思えるほどの超良質源泉。足元から浮力を感じるほどではないが、湯の鮮度は見事だった。岩の湯縁には石膏化した析出物が結晶化している。爪で剝がそうとしても取ることができない。フレッシュな塩化物泉や硫酸塩泉などで見られる現象だ。

 ほんのりと石膏臭が漂う浴場、上品な香りが足止めし1時間の拝湯。平日とあり独泉状態だった。これが、東山温泉のホンモノの源泉。湯の力は想像以上だった。

 温泉街とあって夕食にも困らない、近くの定食屋で会津名物ソースカツ丼を拝食。身の丈も顧みず、最終日にして初めて観光らしいことを堪能。素晴らしき会津での一夜を過ごした。



 だが、何故だろう。こんなにも素晴らしい旅館に宿泊しているのに、、無性に身体が欲するのはオンボロ宿の憧憬。壁紙は剥がれ、軋む廊下。一人旅に求めるもの、それは旅愁、もののあわれ・・・
 
 ここがラストダイブのつもりだったが、帰りにもう一湯、寄ってみようかな。
                           
                          令和3年6月7日

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