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立冬の信越、源泉と美食を味わう②【角間温泉 越後屋旅館】

<前回はこちら>

 穂波温泉を出て、向かった先は「角間温泉」。
湯田中渋温泉郷の南東部に位置する小さい温泉街で、こちらは以前より何度か日帰りで訪れていた。

 浴衣に下駄でそぞろ歩きが絵になる「渋温泉」。猿も露天風呂に浸かり、多くのインバウンドで賑った「上林温泉」からもさほど離れていない。
 
 だが、同温泉郷として括るには少々無理があるのでは??そう思われるほど、角間温泉は寂寥感に包まれている。旅館と共同浴場数件がポツポツと並ぶ温泉街は、鄙び系を嗜好とするファンからは極めて評価が高い。
 

 以前はこちらの共同浴場、立ち寄り入浴が可能だった。
温泉街のほぼ中心にある「黒鳥商店」にて300円を支払うと、木製の鍵が貸与された。入口の鍵穴に木板を差し込むと開錠され、3件ある共同浴場に入ることができた。

 残念ながらこの商店自体が2年前に閉店してしまい、現在は立ち寄りは不可。地元民と旅館の宿泊者しか入浴することは出来ない。
 
 
 一昨年の台風被害や疫病拡大などの煽りを受けたであろう本地。
元々観光客で賑うような場所ではないが、小さい街で感染が広がれば被害は甚大なものになる。予約サイトからも一時掲載が止まる宿もあり、私自身も足が遠退いていた。


 本旅の初日である金曜日。
旅行サイトを検索すると、角間温泉で一軒空き部屋がヒット。5件ある旅館の中でも最も古趣を漂わせる「越後屋旅館」だ。

 
 僻遠の地とも言える雰囲気そのまま、気取らず、金曜一人の予約であっても通常価格(素泊り5,000円、2食付き8,000円)。しかもこの宿、何名で泊まろうと一人あたりの単価が変わらない。ビジネスホテルならまだしも温泉旅館ではかなり稀有な存在だ。

 
 以前から気になっていた宿ではあったが、この旅館は公式サイトがない。Wi-Fiや通電状態も不明瞭のため、仕事の兼ね合いもありこれまで未湯だった。この日は業務を調整し、有給を取得し投宿に漕ぎつけた。


 穂波温泉から数分、緩やかな傾斜を登って行くと徐々にタイムスリップ。時空が止まったような異郷空間に吸い込まれると、「越後屋旅館」に「ようだや旅館」、そして林芙美子も好んだという「大湯共同浴場」が一枚絵で飛び込んで来た。


 寂れた温泉街の中で、あまりにも絵になる出桁造り。
江戸時代の創業、そして明治後期に建築されたという越後屋の母屋。すぐにでも有形文化財登録した方が良いのでは、、そんな老婆心が想念されるほど、その外観は美しい。


 駐車場は数百メートル坂を登った場所にあり、狭路をゆっくりと進む。
その道中、右手に温泉櫓を発見。角間温泉の源泉は80度を超えており、噴煙のように湯けむりがモクモクと上がる。

 かつて角間温泉は自噴泉で賄われていたそうだが、現在はボーリングにより掘削揚湯し各共同浴場に配湯されているという。


 15時少し早めの到着となってしまったが、やることもなく越後屋に入ってみた。快くご主人が迎えてくれた。


私  「すみません。少し早く着いてしまって」
館主 「大丈夫ですよ。駐車場が遠くて申し訳ございません」


 内装も年季が入っているが、非常に清潔に維持されていた。
表通りに面した二階の8畳間を案内していただく。早い到着にも関わらず石油ストーブで部屋は暖められていた。


館主 「二階はお客様一組だけです」
私  「良い部屋ですね」

 
 部屋の壁面には、「三佳亭」(山と川、温泉、人情全てにおいて優れているという意)と健筆された書が額に掛かっていた。
 これは宮本武蔵の作者、吉川英治氏の直筆のもの。館主代々、こちらを家宝として保管しているのだという。
 

 吉川英治氏はまだ文学青年に過ぎなかった頃、家財道具を全て売り払い1年間こちらの宿に逗留している。多少の修繕はあるが、恐らくその頃と何ら変わりない内装と思われる。 


館主 「お風呂をご案内致します」
   「当館の3つの浴槽は全て貸切です。内側から鍵をかけて、24時間ご利用いただけます」

 
 翌日伺った話だが、こちらの宿は疫病拡大前より客数は制限していたそうだ。「家族経営の小さい宿だから」と女将さんは言う。
 
 
 私が滞在した部屋の隣にも、同じ間取りの和室があった。
その他館内には襖戸が幾つもあったが、予てから客は入れていないそうだ。食事も完全貸切の部屋にて提供されるという。

 うまく引き出すことは出来なかったが、「一人一人のお客様を大切にする」、という忠誠心が社是として根付いているように感受された。


 肝心の湯浴みを前にして、私は「越後屋」の荘厳な雰囲気と経営者のお人柄に感服。何故今まで、渋温泉ばかり宿泊していたのか。。(もちろん渋温泉も素晴らしい)

 
 夜はかなり冷え込むこの地。陽が出ている内に3ヵ所の共同湯を回り、夕刻より宿の源泉を巡湯することにした。

 
 女将さんより外鍵を拝受。重厚な門戸を開け、街へと繰り出した。


                         令和3年11月21日

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