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無題なんだけど、戦争画をテーマに書いてみた大長編の何かです。

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数年前に書いた話(小説とかいうのはちょっとおこがましい。小説の書き方的なことを勉強したわけじゃないので)を、去年とある賞に投稿してみるか、と整理/加筆したものを細々と更新。という…
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元従軍画家の独白:2ー無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑩)

      46  柳条湖事件。線路がちょっと爆破されただけで人的被害もない、ちっぽけなテロ事件だ。「あれが戦争の発端になるなんて」と思った人だっていただろう、君はどうだった?  満州を治めていた中国人政治家が、柳条湖事件の数年前に暗殺されたじゃないか。その跡を継いだ息子が率いるグループが弔い合戦を仕掛けてきた、っていうことになっているけれどね。真相は違うんだよ。「日本には満州という土地がどうしても必要なのだ」と主張して独断でいろんなことをやってしまうK軍というのが当地に

元従軍画家の独白:1 ー 無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑨)

      45  戸惑いと憂い、そしてただただ「会いたい」というはち切れんばかりの思いに支配されている若い女性。恋はまだ成就しておらず、もしかすると実る見込みはない、あるいは実らせる術を彼女自身が知らないのかもしれない。たった今、その苦しみを初めて、誰かに打ち明けたところなのだろうか。だから、泣いた後のような顔をしているのだろうか。  人を好きになることの苦しさを、絵の中の女性はきっと生まれて初めて味わっている。なのに自分を苦しめている存在とは、彼女にとってまさに希望そ

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑧)

      44  2週後の火曜日、つまり私が河原田邸を訪問することになっている、その前日。  この日までずっと、私はあの画家に面会する時のことを、店の帳場に入っている間じゅう考え続けていた。  日本画家及び僧籍にある者が住みそうにもないという屋敷に招かれて、あんな風貌になってしまった元人気画家の真向かいに座って。いったい、どんなひと時を過ごすことになるのか。緊張や萎縮を通りこして、恐怖心すらある。さらにいえば、対話しているところなどまったく想像がつかない。こうなると、頭

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑦)

      43 「絵を描く自分」が、目標に据えた存在。私の夢のてっぺんにいた人が、あんな姿で現れた。  描くことは物心ついた頃から好きだったが、大きくなるにつれて店の売り物の美術誌に手を伸ばしてはこっそりページを繰る、というのが楽しみのひとつになった。父は「店の者が手をつけた品物で商売をするわけにはいかない」と私を叱った後に美術誌を買い下げたが、それ以来毎月、その本を私のために1冊余計に発注してくれるようになった。  その本は子ども向けというわけではなく、当時の私にとっ

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑥)

      42  懇親会は日付が変わる前にお開きとなって、いつぞやの雑魚寝が再現されることはなかった。その代わりに私と小池君は柏木さん宅に招かれて二次会を開いたが、ほんの小一時間程度話しただけですぐに寝入ってしまった。酔いが回っていたし、何を話したかほとんど覚えていないほどだ。  翌朝目を覚ました時、柏木さんと小池君はまだ夢の中、という状態だった。それにしても、いろんな話ができてよかった。と、まだ目覚めそうにない彼らを見て思った。  正直なところ、戦争画の話をしたことで

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり⑤)

      41 「あの、柏木さん…… 俺もちょっと酔っぱらってしまっていて。これは酔っぱらいの戯言というか、そんな感じで聞いてもらえればいいんですけど。  ひらく会が創設される前、『戦争画をどう捉えるか』についてしっかり討論をした。そして『ひらく会は、これから絵を描いていく者のための団体である。戦争画は過去のものとして捉える』と結論づけた、と聞いていますけど」 「そうだよ。あの分野に足を踏み入れたか否かも『不問に付す』。画家が過去にああいうものを描いたかどうか、そんな色

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり④)

      40  私が所属する美術団体「ひらく会」は終戦の翌年、新田修哉さんという画家はじめ7人が「戦争で止まってしまった日本画の歩みを再開させ、さらに新しい道(可能性)を『ひらく』」を合言葉に創設した日本画専門の団体だ。会員は芸校の卒業生が多く、母校の先輩格や後輩、あるいは在学中に終戦を迎えた若手らとともに、年2回の団体展を軸とした活動を行なっている。  新田さんも芸校の卒業生で、島崎先生の2期先輩にあたる。卒業後は銀行員として働きながら制作活動を続け、その中で展

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり③)

      39  小笠原君自身が言っていたように、一連の話に矛盾を感じないでもなかった。でも矛盾があって当たり前というか、彼自身きっと矛盾や葛藤、混乱の中でもがきつつ描いているうちに、逃げに徹した私などが知りえない境地に達した瞬間があったのだろう。 「一閃」を描いていた時、激情に駆られて叫びそうになるのを口に手拭いを突っこんで押さえた、と話してくれたことがあったが、あれは「こんなに怖ろしい絵を描いているのに、面白いと思ってしまっている」という混乱からだった、と彼は補足し

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり②)

      38  その日はとりあえず、小笠原君を引き留めて話を聞くなどということはしなかった。締切間際で時間がない人間をつかまえて自分の知りたいことを聞き出すなんて真似はできないし、そんな配慮をする以前に案の定、担当編集が来てしまった。 「もう勘弁してくださいよ。今夜じゅうに上がるんでしょうね!」と声を上ずらせる担当どのに連れられて帰っていく小笠原君の後ろ姿を見て「いやはや、大変だ」と同情してしまったのと同時に、彼自身の「戦争の後始末」は順調すぎるほど順調に進んでいる

無題/戦争画をテーマにした物語(第5部のつもり①)

      37  昭和24年3月。  仲間の奮闘を労うつもりで開いた宴の席で「いい加減に描くことに本腰を入れないか」と発破をかけられてから、1年半以上が経っていた。  その後私は、島崎先生の伝手で美術団体に加入した。半年に一度、春と秋に開かれる団体展に出品する作品を制作し、「見られること」を念頭においた作品に向き合い完成させては人目のつくところに晒してみる。団体展以外にも大規模な展覧会への入選を目指すこともできるが、それはもう少し腕を上げてから、というところだ。  作品

無題/戦争画をテーマにした物語(第4部のつもり⑨)

      36  夕暮れ時の少し前、平澤君父子が散歩から帰ってきた。途中で小笠原君と行き会って、「ぼうけんブック」の連載の話なんかをしながらゆっくり歩いてきたという。 「さあ、小笠原のお兄さんが絵を描いたっていうお話だぞ。見てみようか」 平澤君は椅子に座って喜久雄君を膝に乗せ、「ぼうけんブック」を開いた。連載のタイトル「水底巨岩城」を音読し、その後は読み聞かせてやるつもりだったのだろうが、ざっと目を通した段階で固まってしまった。  小笠原君の絵は主役といってもいいほどで

無題/戦争画をテーマにした物語(第4部のつもり⑧)

      35  梅雨明けの数日後。「ぶらいと」夏号と、小笠原君が挿絵を手がける新連載「水底巨岩城」を巻頭に据えた「ぼうけんブック」が我が店の店頭に並んだ。その奥で、私と父、平澤君の妻の富枝、そして陽子は3人の激励会の準備を始めていた。富枝と一粒種の喜久雄君を連れてきた平澤君は、机を出したりなどの手伝いを終えてから子どもを連れて散歩に出た。  平澤君は「とんでもないご馳走が出てくる」などと言っていたが、このご時世で卓上をにぎわすような食材が用意できるわけもない。かといっ

無題/戦争画をテーマにした物語(第4部のつもり⑦)

      34  梅雨入りの少し前。「ぶらいと」は父の言葉どおりに、神田界隈の女の子の間であっという間に評判になった。  例えば、学友からその噂を聞かされた女学生が本を求めて神田を訪れたものの、とっくに売り切れで…… といったことが、我が店をはじめ「ぶらいと」を取り扱った店のほとんどで起きていた。また、創刊号を買い逃した層からの問い合わせ、級友から借りて読んだと思しき少女からの「次号が楽しみ」という便りなどが、編集部に続々と寄せられた。  読者の存在、彼女らからの反響は

無題/戦争画をテーマにした物語(第4部のつもり⑥)

          33   神田でしか買えぬ素晴らしい本     未来にはばたく少女を磨く雑誌          「ぶらいと」愈々創刊!!  私は大判の紙にこの文言を大書し、墨も乾かぬうちに店頭の一番目立つところに貼り出した。その手前には、我々が刊行を待ちわびた本が、作り手が朝一番で納品してくれた本が平積みになっている。  昭和22年、春。ようやく、武村さんと飯村君の雑誌「ぶらいと」が創刊にこぎつけた。  ふたりは「ぶらいと社」という小さな出版社を前年のうちに立ち上