オーストラリアの想い出③ バリの休日編
トランジットビザで、5月にオーストラリアに入国したぼくは7月の終わりに出国せねばならない。
ぼくはインドネシア バリ島へと旅立った。8月後半はパーマカルチャーのガーデニングコースを受けるので、バリは2週間の滞在だ。
なんでバリを選んだかと言えば、神奈川の実家に住まい鶴川というところで有機農業研修生をしてた時、神奈川南部の茅ヶ崎市茅ヶ崎美術館にて子どもを対象にした、庭の土作りから始めて、育てて収穫、そして乾燥させてからひょうたんカリンバを作るという年間通じたワークショップのスタッフをしたことがあった。
そのチームのリーダー的カップルはひょうたんカリンバを作り、演奏するワークショップをあちこちでする傍ら、茅ヶ崎鉄砲通りにてクロスロードというバリ雑貨を輸入販売するお店をしていてバリの話を聴いていたからだ。
それがなければ、もう一つのパーマカルチャーのメッカであるニュージーランドに行くという選択をしていたかもしれない。
(湘南茅ヶ崎 クロスロード)
ブリスベン空港からバリ デンパサール空港まではほど近い。飛行機はあっという間に着く。
南国独特の蒸し暑い空気のお出迎えだ。
荷物を取り空港の出口へと向かうとバリニーズ達にわっと囲まれる。荷物を勝手に運ぼうとする。それでチップを貰おうというのだ。
それをスルーして、ぼくはそそくさと目的地であるウブドへと向かう。この街はバリの中で最も伝統的様式を残した街だとクロスロードのふたりから聴いていた。
タクシーは椰子やバナナの木が植えられている道を走っていく。1万ルピー。いや、10万ルピーだったろうか。
オーストラリアドルに慣れていたぼくはその桁にびっくりするが、円とのレートを考えれば妥当なツーリスト価格だったと後から気づいた。
宿を決め2週間滞在する旨を伝える。
バリニーズの経営する宿を、レンガ造りの家屋に竹細工の家具、ベッド。
申し分ない。シャワーもトイレもちゃんとしている。
朝食はパンケーキとバナナやパパイヤ。
昼夜は外で済ませる。ミー・ゴレンにナシ・ゴレン。奮発して寿司も食べに行ったっけ。
テンペなどなど他にも色々食べたと思う。
バリに来たからにはと、ライステラスを見に行くツアーに参加したり、
夜には伝統舞踊を見に行った。
ライステラスでは農夫のおじさんが
こちらに向けて見事な笑顔を作ってくれる。
これは「写ルンです」のチャンス!
とシャターを押すぼく。
そして駆け寄ってくる農夫のおじさん。
手を出してチップを要求してくる。
や、やられた(苦笑)
夜には、ケチャを見ながら隣に座った日本人のご家族の娘さん(少し年上だったと思う)から、ちゃんと年金払いなさいと説教を受けた。
なぜ、こんなところで(汗)
ウブドの街なかを市場や
モンキーフォレストをぶらぶらしながら、
2週間が過ぎようとしていた。
とくに目的もなく、やらねばならない事もなく、ぼやーっと過ごした。
まるで自由気ままな猫のように。
しかし、目が覚める出来事が起きた。
オーストラリアに帰る3日ほど前に、
中心都市デンパサールで爆弾爆破テロが起きたのだ。
ざわめくウブド。
衝撃はバリ、インドネシア、オーストラリアへと広がりニュースは世界を駆け巡ぐった。
飛行機は飛ぶだろうか。
予約したパーマカルチャーのコースに
間に合うだろうか。
不安で頭がいっぱいになる。
結果として、飛行機は飛んだ。
ぼくは無事、ブリスベン空港に着いた。
ほっとする。
ただいま!オーストラリア!!
もはや、ここは自分のホームグラウンドのように感じる。
これからコースを受けて一生懸命勉強して、その後ゆかりさん宅でwwoofして。
旅の前半のNSW州でのwwoof、中休みのバリの旅、順調だった。うまく行っていた。
しかし、この頃のぼくは良いことの後に悪いことがやってきた。
陽極まれば、陰に転じる。。。
入国検査。
スラッとした物凄い背の高いオーストラリア人検査官。パスポートを見せる。荷物の中を開けると彼が中を一つずつチェックする。蛇のような冷徹な目だ。
お土産品まで包装を破り匂いを嗅ぎ出す。
テロのせいでチェックが厳しくなっているのだ。
No!!No!!
ぼくは訴えるが止まらない。
そして、ぼくの畑仕事の必須道具、
地下足袋を取り出した
何だこれは!?
ぼくはwwoofの事を説明する。
地下足袋には土がついていた。
それが気に食わないようだ。
ぼくは別室に連れて行かれる。
いよいよだめかな。。。
弱気になる。
検査官はシンクを指差す。
Wash!!
洗えと言っている。
ぼくは必死に洗った。
無我夢中で洗った。
そして、無事、入国を許された。
ただいま!
オーストラリア!!
冷や汗で全身びっしょりとなりながらも、待ち合わせの駅へと電車に乗る。
クイーンズランド州 サンシャインコーストが待ち合わせだ。
駅に着くとコースのファシリテーターのゆかりさんやコースをともに受ける日本から来ていた仲間が笑顔で迎えに来てくれていた。
みんながみんな初めて会う人達だったが、
とてもほっとした。
ぼくは泣き出しそうな顔をしていたに違いない。
続く
あとがき
noteでYUKIEさん、そしてその裏アカmadasarimameさんの記事を見るとたまにバリから風が吹いてくる。
日本にいながらバリに想いを馳せています。
クンダリーニヨガの実践者でもあるYUKIEさん。ヨガ中にインスピレーションが降りてきて肌にも自然にも優しい洗剤の販売も始められたみたいです✨
自分のアップダウンの激しさは40歳になってヨガを始めてからようやく落ち着き始め、45歳と8ヶ月ちょいの今はだいぶ落ち着いております🧘♂
ヨガ&瞑想
おすすめです🌟
ナマステ✨
追記
この記事を書いてるとき、伊坂幸太郎の最新刊を読んでいました。
テロの事を書いてたら、読んでる本にもテロが出てきたというか、テロが物語の中心にありました。
主人公は相手が飛ばした飛沫がかかると相手の少し先の未来が見えるという特殊体質。
マスクをしたところで、防げないなというスタンス。
今から10年くらい先の日本が舞台の小説です。
自分が見ているネット情報を伊坂幸太郎も見てそうだなあ、と思える節も多々あり読んでてニヤニヤしてしまうところも。
パーマカルチャーとはなんの関係もありませんが、とても面白かったので紹介させて貰いました。
ご一読、ありがとうございました✨
前回記事はこちらから。
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