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俵万智著『かすみ草のおねえさん』を読んで ~その4(2004年6月25日著)~

20年以上前に読んで書いた、俵万智著『かすみ草のおねえさん』の読書感想文を「その1」~「その3」に分けて投稿してきたが、今回は最後の投稿となり、「その4」をお届けしたいです。


俵万智著『かすみ草のおねえさん』(文藝春秋、1994)の読書感想文/2004年6月25日

 結局、『かすみ草のおねえさん』を最後まで読み終えないうちに返すことになった。また機会があれば図書館で借りようと思っている。
 気になった箇所を引用する。

 相撲には他にも、いろいろと「型」があって、おもしろい。土俵入りの儀式、勝ち方の決まり手、懸賞金のもらいかたまでエトセトラ。これをすべて「どうぞ自由にやってください」と言われたら、かえって大変だろう。
 「型」があるからころ、そこで「心」が生かせる。同じようにシコを踏んでも、必ずそこには、力士の個性があらわれる。同じ「押し出し」や「寄り切り」でも、内容は千差万別だ。
 ふだん五七五七七という「型」のなかで自分を表現している私は、ふとそんなことも考えていた。

「相撲体験」から

 ……あらためてアンの魅力というのを感じた。
ひとことで言うと「想像力」。(中略)
 
 ……アンには、モノをココロで補う力が、ある。かたちあるモノは、いつかは色あせ、輝きを失ってしまうだろう。けれど、ココロが描き出す世界は、いつまでも色あせることがない。

 「ほら、海を見て。銀色の光と影の世界、目には見えないものをたたえた世界よ。何百万のお金があっても、ダイヤモンドのネックレスを何本持っていても、海はこれまで以上美しくなってくれるわけじゃないでしょ」
 
 自分自身が短歌を作っていくうえでも、大切に心にしまっておきたいな、と思う言葉だ。目には見えないものの美しさを感じられなければ、詩は生まれない。アンの比喩表現の素晴らしさには、ほんとうに唸らせられるが、言葉の前にまず感じる心があるから、こういう表現ができるのかなあ、と思う。
 
 「すてきなえくぼだわ。生クリームにちょっとくぼみができたみたいよ」――たとえば、こんな何気ない言い回しが、私には忘れられない。

「アンが教えてくれたこと」から

熊谷守一『へたも絵のうち』(日本経済新聞社)に、こんな言葉がある。
 
 私は他の人のように一生懸命やるということはしません。別になまけようというわけではないのですが、絵を一心に描こうという気は起きない。好きは好きだが、ただ好きだということだけでだからどうというその先はないのです。

「画家の言葉」から

「たそがれ」の語源が、「夕方は人の姿が見分けにくので『誰そ彼?』と尋ねるところから」と知ったのは、たしか高校生の頃だった。なんてしゃれた語源だろう、と感じ入った。

「たそがれ」から

 どのエッセイも味わい深く読んできたけれど、いちばんよかっとのは「かすみ草のおねえさん」かもしれない。かすみ草のおねえさんのように気がつかれないようにそっと誰かにhappyをプレゼントできたらどんなにか素敵であろうか。                        (おわり)


50歳の今もココロに響くことばたち

 『かすみ草のおねえさん』の読書感想文を書いてから20年以上が経つ。引用している箇所を読み直すと、「私らしいな」と思う。何より、タイトルにもなっている「かすみ草のおねえさん」のエッセイの感想にもあったように「気がつかれないようにそっと誰かにhappyをプレゼントできたら」という思いが私の根底には流れている。

 また、俵万智さんが「心」「ココロ」をとても大事にされている方だとよくわかる。「『型』があるからころ、そこで『心』が生かせる」というのもいろいろなことに通じる。例えば、私自身がやってきた茶道にもやはり型があるが、その型はある意味合理的。そして、お点前をする中でどうお客様におもてなしをするかは、やはり心の問題。

 俵さんは短歌の五七五七七という型のことを記しているがさまざまな文章にも型はある。その型にどう自身の心を生かすかというのは常に挑戦、といったところ。このnoteも自分なりの型をこれからつくっていき、その中で表現方法が淘汰されていくのであろう。

 他者に何かを発信していくうえで大切なのはやはり「想像力」であろうし、感じる心。生まれてから現在に至るまで私が感じてきたことをこのnoteでは発信していく。アンのいうように「ココロが描き出す世界は、いつまでも色あせることがない」からこそ私は書いていきたいのだとも思う。

 さらに、熊谷守一の言葉はつい一生懸命になってしまう私への問いかけでもあり、「たそがれ」の語源への言及からは日本語の深さを改めて感じる。1冊のエッセイ集から多くの気づきを20年以上前も、そして今も与えてもらった。そして思う。「考える」ことから生まれる「言葉」の前に「感じる」ことがあることを。

 これからも感じる心に素直に生きていきたい。

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