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入院中に書いた病院内の公園への散歩日記

先日久しぶりに夕方、散歩をした。
川沿いを歩いていると、桜の木の葉が色づき、散り始めていた。
私の病気、SLEに日射は大敵。病気が再燃する大きな要因になる。だから、ちょっと勇気がいる。

桜並木の川沿いを散歩した

20年前にSLEの精神症状を出し、精神科病棟に入院している頃、毎日のように散歩をしていた。病状が落ち着くと、決められた時間内なら、病棟から外出できた。閉鎖病棟にいた私にとって、外に出られるということが何よりうれしかった。

私のお気に入りの散歩コースは病棟前にある西の一公園だった。
今日は入院中に書いていた散歩日記をお届けしたいです。


「西の一公園への散歩日記」

2004年秋

 小春日和の佳き日が続いている。暖かい日差しに包まれていると心穏やかな優しい気持ちになれる。色とりどりに色づいた木々の葉も少しずつ地を埋め、冬支度が始まりつつある。こんな日はゴンチチの「放課後の音楽室」という曲を聞き、散歩に出かけたくなる。

 ここ(S病院)での一番のお散歩コースは、まず西の一公園だ。西の一公園は私の入っている神経精神科センター病棟の目の前にある。小さいけれど風情ある公園だ。柿に桜、椿にカエデ、それから銀木犀……。沈丁花、百合、紫式部など狭い敷地内であるのにかかわらず種々の樹木や植物が植えられている。季節に合わせて色とりどり。趣がある。

 銀木犀の木の後ろには赤い屋根の古びた小さな木造の家がある。そこはかつて精神病棟だったという話を聞いた。その建物に行くまでには二通りの行き方がある。私はどちらの道からそこへ向かうのかはその日の気分、咲いている花々に合わせて決める。朝であれば木々や花々に「おはよう」と声をかけ、昼過ぎであれば「こんにちは」とほほ笑む。

 9月8日、私の誕生日の日、父と公園内を散歩していると、偶然建物が開いていた。中に人がいるのが分かったので声をかけると、中を見せてくれるという。中には私の大好きな木材が置かれていた。ヒノキや杉の木を手に取って見せてもらえた。

 病院内の患者がリハビリも兼ねてここで、バザーで売るものをつくるという。私は木に触れ、木の名を聞き、かつてここで過ごした精神を患った人のことを想った。そしてなぜかこの建物にいると落ち着いた。何よりもの誕生日プレゼントになったと父と言葉を交わした。

 それ以後、私はリハビリの人たちと挨拶を交わす仲となる。彼らは午前9時から公園内に集まり、公園内を掃除したり、バザーに出すものをつくったりしている。私は公園の木のベンチに腰かけ、足をぶらぶらしながら、彼らの姿を見ているのが好きだ。

 この位置からが池もよく見える。池の中には結構たくさんの鯉がいる。池に寄ると餌をもらえると思うのか鯉が寄ってくる。鯉の中に紛れて大きくなり過ぎた金魚がいる。紅一点のように見える金魚は美しい。この池には亀もいる。3匹の亀が日向ぼっこをしているのを妹と散歩をしている時に見た。公園内の3分の1くらいを占めている池は公園を公園たらしめている池だ。

 私はこの公園に毎日散歩にくる。雨の日も風の日も。どうしても散歩に出られない時は病棟の窓から公園を眺める。窓から見ると柿と桜の木がよく見える。柿の木はすっかり葉を落とし、実ばかりとなった。桜の木は8割葉を落としている。

 木々が葉を落としていく姿を目にすると、自分がさらけ出されていくような感じがする。一枚一枚葉を落とす。そんな木々と同じように私もこの病棟で自分自身の皮を剥がされていった。皮が剥がされれば剥がされるほど、自分自身が楽になっていった気がする。

 公園内を散歩することで自然と対話し、自分と対話する。暖かな日差しに包まれながら孤独ということを思う。ここにいると人が独りでしかないことを思い知らされる。私はそっとカエデの木に手を触れ、ほほ笑む。そうすると豊かな気持ちになるのであった。             (おわり)

散歩

 最近はあまり散歩をしていなかったのだが、久しぶりに歩いてみると、さまざまな発見があった。昨日は、所属している地域の記者ミーティングがあり「地元を雨の日に1時間歩く企画の記事を担当してみたい」と提案した。SLE患者ならではでの切り口で、「雨の日散歩」なんていうのもいいのではないかと思ったのだ。

 散歩はちょっと小旅行にも似ている気がする。20年前の入院中、私は毎日散歩という小旅行をし、旅日記をつけていたともいえる。そして、散歩の時間が自身の心を豊かにしていたかを知る。もう赤い屋根の建物はない。コンビニに変わってしまった。20年という歳月の中で、公園も私も変わった。

 50歳を迎え、ほぼ運動はしておらず、歩くことの大切さを感じることが多くなってきた。帽子をかぶり、日よけをしながら、秋を満喫する散歩にでかけられたら、と思う。


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