『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔(著:高橋昌一郎) 〜人類史に残る天才マッドサイエンティスト(?)の生涯
【内容】
コンピューターの理論をはじめとして、量子力学、ゲーム理論など、あらゆる分野の一流の研究をしたフォン・ノイマンの業績と生涯を追った本。
【感想】
『博士の異常な愛情』(スタンリー・キューブリック監督)に登場するマッドサイエンティストのキャラクターは、フォン・ノイマンをモデルにしたとされています。
その天才性から「火星人」とまで呼ばれたフォン・ノイマンが、いかに全人類に多大な影響を与えたかを、この本は見事に描いています。コンピューターサイエンス、量子力学、ゲーム理論など、現代社会の基盤となる理論を次々に構築していった彼の知力とバイタリティは、本当に驚異的です。同時期にブダペストで生まれた人々の中から、後に世界的な知性を持つ人物が多数輩出されたことも、改めて驚かされます。
また、ここ100年ほどの間に、理論物理学や量子力学の発展と技術革新が、世界を大きく変えてきました。その中で、ヨーロッパ圏に住んでいたユダヤ系の人々が果たした役割の大きさと、その影響力には驚かされるばかりです。ノイマンはその中でも特に重要な人物であり、アインシュタインをはじめとするノーベル賞受賞者たちと直接交流し、共同研究を行っていたという事実も驚異的です。
具体的な業績を論文や数式から理解するのは私には難しく、量子力学に関する部分などは、まるで神学論争を聞いているかのような気持ちにもなりました。それでも、著者の粘り強い筆致のおかげで、今まで以上に具体的なイメージを持てるようになった気がします。
あと、意外だったのは、ゲーム理論を確立した人物でありながら、賭け事には全く向いていなかったという点や、車の運転が下手で頻繁に事故を起こしていたというエピソードです。
アメリカ軍の試験日程が一年延期されていなかったら、ノイマンが原爆投下の決定権を持ち、東京に原爆を落としていたかも知れないという話には背筋が寒くなりました。ただ、皇居への原爆投下は敗戦処理のことを考えて反対していたそうです。仮に、皇居への原爆投下をしていたら、敗戦を認めないまま泥沼の総力戦に突入し、次々に原爆が投下されていたかもしれない…そんな考えが頭をよぎり、空恐ろしさを感じました。というか、ノイマンの先を見通す力の確かさも凄いものだと感じました。
あとがきに描かれていたキューバ危機についての文章も、考えさせられる内容でした。ノイマンは、原爆開発に先行しているうちにソ連への核先制攻撃を熱弁していたそうです。原爆6発でソ連を壊滅させるという彼の提案が実行されていたら、あわや二大強国による核戦争によって人類文明が危機に瀕していたかもしれません。しかし、ノイマンの言う通りに早期にソ連へ原爆を投下していれば、世界は危機的状況に陥らず、共産主義国家による悲劇を避けられた可能性もある…生理的にはは受け付けない考え方ではありますが、論理的に考えるとそうかも知れないとも思える面もあり、心に重い楔が打ち込まれるような感覚を覚えました。
科学について、人間について、自由について、戦争について…色んな考えや感情が湧いてくる本でした。
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