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本雑綱目 52 郭沫若 則天武后/筑 始皇帝と高漸離

今回は須田禎一訳郭沫若著『則天武后/筑 始皇帝と高漸離』です。
平凡社の東洋文庫、ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4582800067。
NDC分類では922、文学>戯曲に分類しています。
則天武后と筑の二本立て。

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

★図書分類順索引

1.読前印象
 戯曲はあんまり読んだ(?)ことがないんだけれど、中華統一前後で始皇帝を暗殺しようとした人間は公式(?)には3人いる。荊軻と高漸離と張良だ。荊軻は史記の刺客列伝にもあるように有名だが、高漸離は荊軻の友枠で語られることが多く、いまいちマイナー。この筑はその高漸離を主人公にして作中には直接荊軻が出てこない(というか荊軻が死んだあとの)話で、これをベースに話を書こうかとちょっと思っているので気になってた所。則天武后は則天武后の戯曲なんだろうという感じであまり興味はない。
 そんなわけで開く前から読むのは筑で決定です。
 なお筑というのは弦を張った琴のような楽器を竹撥で叩いて音を出すもの、のはずだ。いくつか出土品の写真は見たことがあるのだが、高漸離は筑の穴に石を隠した描写があり、琴のどこに穴をあけたんだとちょっと悩んでいる。琵琶みたいな形状のほうがイメージしやすいんだけど。

2.目次と前書きチェック
 といっても目次は則天武后(四幕)と筑(五幕)、加えてそれぞれの解説で成り立っている。選択肢はない。筑とその解説を読む。長いけど、まあ。
 高漸離は燕の国の筑の名手で始皇帝の暗殺を試みた荊軻の友人だった。荊軻が暗殺に失敗した後に燕は滅び、高漸離は身を隠しながら下働きなどをしていたが、ある日突然筑打ちとしてデビュー、始皇帝に召し抱えられると荊軻の友ですと告げ口をされる。高漸離は盲目となって始皇帝に侍り、ある宴席で筑に仕込んだ暗器を用いて始皇帝を暗殺(?)しようとするが盲目だし当然失敗し、そして処刑されるというのが一般的な歴史認識だけれど、これがどう戯曲になっているのかが気になる所。

3.中身
『筑の解説』について。
 今回は解説から。
 引用されている郭沫若(戯曲著者)の文献(十批判書)を読みに行ってしまった関係で結構時間がかかった。郭沫若は呂不韋と始皇帝の親子関係は否定説だとか、そのあたりの論拠を含めて書いてあり、興味深い。当該解説ではそんな郭沫若の考えについや本作の解釈にあたって必要なことが記載されている。
 特に筑の形状は前々から困っていたところなので、もうこの半竹に弦を張ったやつに丸乗りしよう、と思うのだが、この解説に載っている筑の撥の形状と戯曲に描かれた筑の形状が違う気がしてきたんだよな。筑と題する動画を漁って見ても、琵琶型のものや琴状のもの、木を削って作ったものがあってよくわからないのだ。この戯曲も動画であるといいんだけど、如何せん古いものなのでない。

『筑』について。
 戯曲の台本を見るのは初めてで、目慣れの問題で少し読みにくかったのですが、登場人物の配置と展開が見事だった。正直な所、資料では高漸離が始皇帝を暗殺しようとする風景も筑で鉛玉を打ち、くらいの記述しか無いし、それに至る背景も極めて薄い(荊軻も薄いがそれ以上に薄い)。そのため、基本的にこの内容はほぼオリジナルだろうとは思う。けれども登場人物の配置が実に素晴らしい。徐福や趙高のキャラクタをこの立場に置くという発想はなかった。
 わからない部分は思い切ってやっていいんだという安心感。ありがとう、郭沫若。それから戯曲特有なのかはわからないが、登場人物の身振りや会話でキャラクタ性を持たせている点については、勉強になった。あんまり動作って描いてなかったかも。
 正直なところ、始皇帝周りの史記の記載は誤り(恐らく司馬遷の意図的)が多いと感じるところだけれど、説が分かれている部分こそ好き勝手書いていい部分に違いないと思う。

 全体的に、この本は戯曲とその解説なので、正直演劇とかする人じゃないと読まないんだろうというところ。そして歴史モノなので、更に興味がないと読まないと思う。本編はさることながら、始皇帝と高漸離書こうかと思ってる僕には解説がとても役に立ったわけだが、そうでなければ面白いかはよくわからない。読み物として筑は面白くはあるが、前提としている知識が多すぎる。この辺りの歴史含みの小ネタがチクチク挟まれてるしし。
 小説に使えるかというと、ピンポイントで始皇帝書くなら役に立つんじゃないだろうか、解説が。注意すべき点は、中身の半分強くらいは郭沫若がクリエイトしたエピソードなので、これをベースに書くのはそれなりに詳しくないとオススメしない。

4.結び
 この戯曲は中日戦争の折に作られ、そして禁書となったという過去を持つ。どの部分が駄目だったのかはなんとなくわかるけれど、戦争中に書かれた気骨ある作品のわりにはコメディタッチのところもあり、一方で実際の舞台を想像すると登場人物の様子というのがありありと浮かんでくるのが不思議。そんなわけでこの戯曲の動画が見たいけれど、ないんだよなあ。
 次回は栗原堅三著『味と香りの話』です。
 ではまた明日! 多分!

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