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「幸せ」が見つかる学校
vol.1385
昨日、【新たなトレンド?「サパークラブ」】という記事の中で、若者が孤独を課題とし、「濃い関係」を築こうとしているのではないかと考察しましたが
それは「幸せの探求」とも言えるのかもしれません。
(…ちょっと大袈裟ですかね…?)
一昨日取り上げた「ベッド・ロッティング」もそうですが、若者はより自分らしく心地よく生きるための手がかりを探している。
そうした試行錯誤の変遷を感じるのです。
「自分なりの幸せ」を学ぶ
考えてみると、私たちは一般的な幸福モデル(お金持ちになる、名声を得るなど)は教えてもらっても、自分なりの幸せの見つけ方については、誰からも教えてもらっていないような気がしています…🤔
今、学校現場では「個性学習」「探求学習」という言葉が溢れていますが、結果的にそうした学習を通して「自分の人生(幸福)を見つける」ということがゴールなわけです。
教養は「幸せに生きるための知識の運用力」。
と考えるならば、学校は、知識や知恵を獲得だけではなく、それ以上に教養まで高めることにもっとフォーカスしても良い気がしています。
科目の勉強は教え方が上手い先生の学習動画があれば十分ですし、分からないところはAIに聞けば良い。
実際、私、ある資格取得のために勉強を始めたのですが、教科書を読んで分からないことは生成AIに聞いて理解しています。
生成AIは凄いですよ〜
難しくて理解できない場合、
「小学生でも分かるように説明して」
と頼めば、めちゃめちゃ分かりやすく噛み砕いてくれる。
ですから、動画やAIを使って、超過労働で大変な思いをされている先生方の業務を軽減し、より子どもたちの「自分なりの人生」を築く上での導き手としての役割を担っていただく。
そうした理想的な学校のカタチを探求されている1つの例が、2019年に高等部が開校した「インフィニティ国際学院」です。
〈PRESIDENT Online / 2025年2月8日〉
校舎のない学校とは?
2022年には北海道を拠点する中等部も開校(初等部は大阪府に開校)しましたが、高等部は何と特定の校舎がないのです。
生徒たちは、3年間決まった校舎に通うのではなく、日本や世界各地を移動しながら学びます。
建学の精神は「10年後の世界を変える人材を育む」こと。
そこに紐づけて、8つの「コアマインド」と「コアスキル」を身につけることができます。
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特定の校舎がないこととともに、もう1つ「ない」ものがあります。
それが「先生」です。
その代わりに、生徒と共に学び、成長する存在として「チューター」がいます。
チューターの主な役割は、以下の通りです。
(1)学習サポート:
生徒と共に学び、各教科の専門家と連携しながら学習を進める。
(2)メンタルサポート:
生徒の相談に乗り、アドバイスを行い、学力面だけでなく精神的な成長もサポート。
(3)視野拡大:
生徒の視野が狭まった時に問いかけを行い、新しい視点を提供。
(4)環境づくり:
心理的安全性の高い、心地よい議論ができる環境をつくる。
(5)多角的思考の促進:
AかBかの二択ではなく、新たなCという選択肢を生み出すような思考を促す。
(6)活動サポート:
屋外アクティビティやフィールドワークの際には、生徒と一緒に行動し、引率者としての役割も果たす。
(7)学院運営:
学院の運営にも携わり、広報活動など様々な業務にチャレンジ。
そして生徒たちはチューターに支えられながら、例えば、「森プロジェクト」では北海道の上川町から借りている森をどう利活用するかを考え、プランを立て、実行する。
つまり、実践を通して、様々なことを学んでいきます。
もちろん、ルールなども生徒たちが話し合って決める。
学校生活の全てが「生徒発」なのです。
幸せを見つける能力を磨く
ゆえに、人生をサバイブする能力が圧倒的に身につく。
しかし、生徒はそれ以上の能力を身につけていると語っています。
「僕にとって、今の社会で生き抜く方法以上に、それを超えた本質を教えてくれる場所でした。「どうやったら幸せになれるのだろう」「幸せって何だろう」、そんなことを考えられる学校なんです。
大人でも、「本当に自分がやりたかったことはこれなのか」「自分が生きたかった人生はこの人生なのか」と迷うことがあると思います。この学校では、中高時代からそんな問いがずっと自分に突きつけられているような気がします」。
つまり彼らが身につけているのは教養であり、「幸せに生きるための知識の運用力」である。
個人的には、教養を磨くというのは、物事の「捉え方」を磨くことだと思っていまして、今までマイナスだと思っていたものも捉え方によって、それが宝に見えてくることもあるわけです。
実際、同校の4期生は入学当初、お互い
「なんだこいつ」
と、ネガティブに思っていたそうですが、お互いが教養を高めていくごとに、悪い部分が実は良い部分と表裏一体であることに気づき、リスペクトし合えるようになったとのこと。
ある生徒が
「『自分の意見がいえない』という、一見弱点に見えることも、『人の話をよく聞ける』『謙虚』『相手にちゃんと寄り添える心がある』などと言い換えられるのが、“インフィニティ生”です。だから、苦手なところを逆にその人の特徴として活かしていけないかと考えている。もともと持っている特性をさらに輝かせられるように、周りがサポートしていく関係性ができていると感じます」
と、そのことを語っているのですが、背筋が伸びる話です…(汗)
このように捉えられる人になっているのも、自分の目指すべきものや魅力、自分なりの幸福感が見える化できているからであり、こうしたことを学べる場としての学校に変わっていくことが望ましいのではないでしょうか。
それは、社会人のリスキリングもそうで、ついつい新しいスキルやノウハウを学ぼうとしてしまう…
もちろん、それはそれで大切ですし、自分自身も学んでいきたいのですが、インフィニティ国際学院の8つの「コアマインド」と「コアスキル」に、変化の激しい時代だからこそ、学ぶべき普遍的な力のヒントがあるような気がしています。
そんなことを思いながら、人生後半戦の自己学習を考えてみたいと思っております😊
ちなみに、今日は長くなるので割愛しましたが、フォーブスで紹介されている香川県の小豆島町立小豆島中学校と土庄町立土庄中学校の取り組みも面白いですよ。
〈Forbes JAPAN / 2025年2月10日〉
特に生徒が「社畜から抜け出すゲーム」を考案したという話がツボりました(笑)
私も社会や会社に対して受け身にならず、「自分発」を磨いていきたいと思います🫡
本日も最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!