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#連載小説
さすらいのノマドウォーカー 31話
「良い報告が2つ、悪い報告が1つありますが、どんな順番で聞きたいですか」
などと芝居じみた切り出し方をあれこれ考えていたが、部長独言に一気に冷めた。昨日の、浮かれ調子のまま報告したりせずに、本当によかった。
部長は「引き抜き…まさか乗っ取りか?」とつぶやいたのだ。地声が大きい人ではあるが、独り言にしてはわざと聞かせたのではと勘ぐれるほどの音量だった。
ABC商事は総合商社であるからして、需要
さすらいのノマドウォーカー 30話
「よかった。今日は佐々木ちゃんだ。佐々木ちゃんがきてくれてよかった!」
ABC商事の阿藤さんの開口一番に面食らった。気のいい近所のおじちゃん風の容貌に反し、切れ味鋭い物言いをまぶしてくる担当さんには、たびたび驚かされているのだが。今回に限ってはいつもと少々様子が違う。
「サンプルの件ですよ。増田っていう痩せぎすメガネにもってこさせたでしょう?」
増田さんがきた?どういうことだ?
サンプルと
さすらいのノマドウォーカー 29話
暑い…茹だる…
連日の真夏日が、気力体力食欲を低下させる。
難を逃れた矢先、新たな敵に対峙することになろうとは…
目下の課題はウォーターメロンフローズンドリンク、トールサイズ。
うぉーたーめろん…
スイカではダメなんだろうか。西瓜ジュースじゃ流行に敏感な世代の琴線をふるわせないんだろうか。
農家のうんちゃらさんが丹精こめて育てたとか、某おじいちゃんがじっくり熟成させたとか、どこそこのグ
さすらいのノマドウォーカー 28話
思考が上滑りする。
深部へ掘り下げようとするとぬるんと躱され、スキップしながらてんでバラバラに逃げていく。
今日はだめだ。
情報が打ち込まれないまま無駄に立ち上げられた複数のソフト。もう真っ白な画面のプレッシャーに耐えらない。保存もせすにノートPCをシャットダウンした。
こんな時はプロが造りたもうた架空の世界にほしいままに翻弄されるのが得策だ。
鞄に入れっぱなしにしていた文庫本を取りだし
さすらいのノマドウォーカー 27話
ぐおおおおっ
獣の咆哮のような、戦士の雄叫びのような野太い声に安眠を破られた。
真っ先に視界に入ってきた不揃いな段ボールの塔。
ああ、シェアハウスの自分の部屋だ。
と、いうことは先ほどの雄々しい声は自分が発したのか?まったくどんな夢をみていたんだか…。
タオルケットにくるまったままで枕元に手を伸ばし、スマホをみる。
10時12分…
朝の?夜の?
窓が衣装ケースで塞がれた物置部屋兼自
さすらいのノマドウォーカー 26話
簡易応接室を設置できるほどスペースに余裕あるが予算オーバー、便利なミニキッチンがあるが駅まで徒歩25分、改装されたばかりで綺麗だが壁が薄くて雑音だらけ。
決め手に欠けた事務所選び。
優柔不断な質ではない。
しかし部長が冗談で口にした「営業所長」という役職名は、知らず知らずのうちに「自分の城」選びに、重圧として圧し掛かっていたのかもしれない。
引導を渡すなら、1階に美味しいカフェオレが飲める
【中書き】さすらいのノマドウォーカー
ここまで読んでいただいてありがとうございます。楽しんでいただけていれば、幸いです。
さて、お話に一区切りつきました。
25話までが1章といったところでしょうか。
構想からアウトプットするまでに半年以上かかっています。遅筆かつ、ピースを集約し形にするのがへたくそですね。
伏線もかなり強引にまとめてしまった感が否めません。もっと丁寧かつ効果的に回収すべきでした。まだまだ精進の必要性を痛感してお
さすらいのノマドウォーカー 25話
つまり全ては姉の名前を聞かれたと早合点した自分が悪かったと…
だってあの話の流れではそう思うのが自然なのでは?
うーん。そうとも限らないか…。
母の退院パーティーは散々だった。
ヒステリーを起こした旦那さんは、2人の子供達を抱えてさっさと帰るし、仙道さんは好奇心丸出しで面白い出し物を目を輝かせてみてるだけかと思いきや「佐々木さんは見かけによらず悪女なのねえ」と混ぜっ返すし、母は「マコは昔か
さすらいのノマドウォーカー 24話
なんだこれは。
姉の運転する車に乗ってシェアハウスに帰宅すると、1階のダイニングは手作り感満載で飾り立てられていた。輪っかつづりが垂れ下がり、薄紙で作られたバラが咲いている。途中で足りなくなったのか、どうみてもティッシュとおぼしき白い花が交じっているのはご愛嬌。窓辺には、わら半紙に書かれた「大家さん退院おめでとう」の文字が躍っていた。
教えておいてよ…。
髪にからんだクラッカーの紙ふぶきを除
さすらいのノマドウォーカー 23話
「本日は不肖の私目のために、わざわざ送別会を開いていただいてありがとうございます。大変恐縮しております。
最後の2ヶ月は、プロジェクトリーダーであるにもかかわらずメンバーにおんぶに抱っこ状態でした。想定を上回る業績があがっており、メンバー、特に副リーダーの増田さんには頭があがりません。今後は―――――――――」
私物をダンボールにつめ、シェアハウスの住所を印刷した送り状をペタリと貼り付けた。あ
さすらいのノマドウォーカー 22話
小さな文字が見え辛くなったとこぼしていたので、大きめのフォントサイズでプリントした。退院してからと考えていたが、病室で渡すことにした。登場人物が自由に出入りするシェアハウスは、リスクが高すぎる。
外泊をつつがなく終え、退院日も金曜日に決定した。
読んでもらうなら今しかないと、この2か月書き溜めていた「ほぼ私小説」を、唯一の読者に手渡した。置いて帰る予定だったが、同室の患者の検診にきた看護師に出
さすらいのノマドウォーカー 21話
この街に手頃な物件があればと期待していたのだが…儚く散った。予算と広さと立地条件が合わない。うまくいかないもんだなあ。あまりのんびりしてもいられなのに…
部長はもうこなくていいと言ってくれたが、デスクの私物を片付けなければならなし、一度も顔を出さずにはいさようなら、とはいかないだろう。
憂鬱だ。主に渡辺との邂逅が。
こっそり忍び込んでひっそりと幕引きはできないものか。しょうもない画策を脳内で繰
さすらいのノマドウォーカー⑱
意識が戻ったらめでたしめだたしだと安易に考えていたが、そうは問屋がおろさなかった。
むしろ大変なのはここからだった。
長いこと寝たきりだった母の体力は極限まで低下し、筋力は弱り自力で立ち上がることもままならなかった。
また意識も混濁しがちで、家族を間違えることはなかったが、医者や看護師を親族や新しい店子と認識したりと倒れて入院していることが理解できないようだった。
体を動かして脳への血流が
さすらいのノマドウォーカー⑰
天使の輪が初々しい腰まで伸ばした黒髪にストンとしたデザインのワンピース。
直立不動でマイクを握りしめる少女は、重いそれをただただ落とさないように踏ん張っているだけのようにも見えた。
シャンプーのコマーシャルのように首をゆすって髪をなびかせると、思い出したように背筋を伸ばす。
シェアハウスに帰宅するとリビングでは、姉と店子の仙道さんが顔を寄せ合って何かを覗き込んでいた。
「来てたんだ」
そ