さすらい2

さすらいのノマドウォーカー 24話

なんだこれは。

姉の運転する車に乗ってシェアハウスに帰宅すると、1階のダイニングは手作り感満載で飾り立てられていた。輪っかつづりが垂れ下がり、薄紙で作られたバラが咲いている。途中で足りなくなったのか、どうみてもティッシュとおぼしき白い花が交じっているのはご愛嬌。窓辺には、わら半紙に書かれた「大家さん退院おめでとう」の文字が躍っていた。

教えておいてよ…。

髪にからんだクラッカーの紙ふぶきを除けながら独りごちる。知っていたら、母が最初に入るように促したのに。

「おばあちゃん!私がお花作ったんだよ!」

姪っ子が母の腕にぶら下がりながらテーブルへ案内するのを、見送る。

ま、いいか。嬉しそうにほころぶ横顔に、不手際への些細な不満なんてどうでもよくなった。ん。でも、しかし…ここまでこんがらがるか、紙ふぶきめ。

髪を撫でつけながら、母を囲む輪に加わった。

テーブルを覗き込むと、蟹にピザにお寿司とパーティー仕様に盛りつけられた料理がならんでいる。

…蟹は江幡ボンだとして…他は誰の懐からでたものか…。あとで仙道さんあたりから請求される気がしてならない。

金色の星をまっすぐな銀髪からつまみとってやりながら、母を主賓席に座らせた。主賓席であっているだろう。背もたれでピンクのバラが主張しているから。

シェアハウスのダイニングキッチンはそれほど広くない。椅子も少ないので母以外は立ちんぼうだ。仙道さんに江幡ボン、2号室の金井さんに珍しく姉の連れ合いも同席している。姪っ子は「おばあちゃんの隣」を定位置とし、まだ乳飲み子の甥っ子は旦那さんの腕の中。

2日連続の宴会に疲労はピークに達していたが、どちらもそうそうあることじゃない。楽しもう。昨日の今日で胃袋を酷使するのが躊躇われたが、好物のウニだけは思う存分味わった。

江幡ボンはさすがというか、場馴れしていた。遠慮なく料理を貪る仙道さんと、上品に大量摂取する姉の手から蟹を守り、さりげなく母の紙皿へ提供する。姉の旦那ともあたりさわりのない会話で場をもたせ、姪っ子にも害のない存在として扱われていた。

宴もたけなわ。ピザもお寿司もほとんどがお腹に収まり、蟹も殻だけになったころ。母が疲れないよう、お開きにするタイミングをうかがっていたころに、誰も予想だにしなかったサプライズが、和んだ場を混乱へと陥れた。

「こんにちわ~」

げ!フラッグチェック!

誰?ととまどう参列者をよそに、闖入者はまっすぐ自分の元へとやってくる。

「えへ。きちゃった」

リョーマはしなをつくってみせるが、彼以外の全員は固唾をのんでフリーズするばかり。

なんでここをしってるんだ?渡辺にも住所は知らせてない。

あ!もしやあの日、つけてきたのか!?

引き攣る顔を自覚するが、言葉がでてこない。

いち早く解けた江幡ボンが「貴様は真琴さんのなんなんだ?」と日焼け男を遮るように自分の前に立った。

は?

全員の頭上にハテナマークが浮かぶ。

「なんでもないよ?」

フラッグチェックはきょとんとして言い返す。

当然だろう。とんだ勘違い勇者だ。

そこにトイレから戻ってきたばかりの姉の旦那が事態を悪化させた。

「ぼくは真琴の旦那だが…どういうことだい?」

旦那からみると江幡ボンの立ち位置は、闖入者と姉の間のように見えなくもない。

まなじりを釣り上げて怒りを顕わにする「姉のほうの旦那」だと信じていた男の剣幕に、ボンは後じさりした。

姉の瞳がキラリと光った。嫌な予感がする。

目があった瞬間に距離をつめられた。しまった、一拍遅かった。首に手を回して引き寄せると身体を密着させて全員に宣戦布告する。

「マコはあたしのものよ?」

やっぱり…

事態をほぼ正確に把握したのだろう姉が、話をさらにややこしくした。首に巻きついていた手をずらし自分の口を塞いだのも、収拾する台詞を言わせないために違いない。完全に面白がっている。

そしてこれだけでは終わらない。仲間外れにされたと思ったのか、とてとてと母の横の定位置から走ってきた姪っ子が、「だめ~マコちゃんは、カナと結婚するの~」と、姉がくっついている反対側にひっついた。

「カナ?いけません!!!」

悲鳴に近い怒声をあげた旦那が、姪っ子を引き剥がしにかかる。ああ、これでまた旦那さんに嫌われたよ…。

「あらあら、マコはもてるのね」

孫を抱いてゆらゆらと揺れている母が、のんきに口にする。ちょっと母さん、笑ってないで助けて!?

ピンポーン。

チャイムが鳴った。どんな状況であれこれ以上悪くはならないだろうと、まだ寄りかかっていた姉を振り払い、戸口へむかう。

「よお。遊びにきたぜ」

ああ。

神様、わたくしめはいったい何をしたというのでしょうか…

悔い改めますので、罪状を教えてください。

そこには佐藤という名のさらなる災厄が立っていた。


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