さすらいのノマドウォーカー 29話
暑い…茹だる…
連日の真夏日が、気力体力食欲を低下させる。
難を逃れた矢先、新たな敵に対峙することになろうとは…
目下の課題はウォーターメロンフローズンドリンク、トールサイズ。
うぉーたーめろん…
スイカではダメなんだろうか。西瓜ジュースじゃ流行に敏感な世代の琴線をふるわせないんだろうか。
農家のうんちゃらさんが丹精こめて育てたとか、某おじいちゃんがじっくり熟成させたとか、どこそこのグランマがゆっくり煮詰めたとかの触れ込みは、購買意欲を刺激されるのは事実だ。
横文字の影響力もまだ強いか…
日々活字と戯れているおかげで、単語の意味を正確な情報として受信する能力は格段に高いと自負している。
加えて、巷にあふれるキャッチコピーに素直に反応する感性は、すれないまま保持されているとおもう。
なのに。なのにさ。創造する部分はちっとも発達しないのはどういうわけか。相変わらず、ぎこちない文章しか綴れないのはどうしてなのか。評価の材料となる知識だけ増えていくのはなんと残酷なんだろう。
とめどなく精製される答えのない問答も相まって、半分近く残っている凍ったジュースにギブアップを決断したころ、後輩の高橋が到着した。
「あ!ずるっ!俺もウォーターメロンのみたかったのに!」
「のめば?」
高橋の左手にはフローズンドリンクが握られていたが、ウォーターメロンにしては、茶色が勝っている。
「もう売り切れてたんすよっ」
後輩の恨み節から販売初日だったことがわかった。他の社員の目がないところという理由で、わざわざ電車で数駅乗った海外発祥のコーヒーショップを指定してきたものと思っていたが、目的はウォーターメロンだったらしい。
メニューに期間限定と謳っていた。勧められたので頼んだみただけだ。美味しかったし、確かに風味はスイカだがバニラクリームとのコラボは今までにない味わいだった。けれど値段はお高いしコスパの兼ね合いか小さなサイズがない。後悔しているのに、後輩からも責めらるなんて踏んだりけったりだ。
店員さんもプロなんだから、そこのところ見極めてほしい。不向きな奴には勧めないで、初日にこそ飲みたいと意気込んでくる有難い客のためにとっておくとかしてくれよ。
高橋はウォーターメロンをどれだけ待ち望んでいたか、ヨーグルトカフェフローズンドリンクを飲みながら滔々とまくしたてる。
ふう…
姉曰く、自分は甘やかされて育ったそうだ。どの家庭でも、長子の時はあれこれ調べて手探り状態で慎重に子育てをする。だが慣れもあり、下の子になるにつれて上手に手を抜くものだと。
だが、お前は違う。泣いている理由がわからないから誰かがつきっきり、食が細く口数も少ないので家族皆で至れり尽くせりで育てたと。
真琴が妹に横暴な態度をとらなかない優しい姉だったかというと決してそうではないのだが、末っ子は嫌だ、下に兄弟が欲しいと思ったことはないので大事にされてはいたのだろう。
小動物の飼育にも興味はなかったのに、何故か後輩だけは可愛い。小憎らしさは多々あれど、あれこれ世話を焼きたくなるのだ。
でなければ、針の筵である支社への報告後、さっさとシェアハウスに帰宅したい気持ちを抑え込んで、「話がある」と訴えてきた高橋にこうしてつきあうわけがない。
だがなあ。
いくらなんでも飲みさしを譲るのはどうかと…。
だがしかし、オアズケくらった子犬みたいに半分ほど残ったプラスチックカップを眉尻をを下げてみつめる高橋に、言わずはいられなかった。
「…のむ?」
ぱあっと一瞬にして笑みが広がった。幻覚?今、ふさふさした耳がみえた。椅子のうしろからはしっぽも。
「じゃあストローだけ新しいのもらって…」
ズコー
「……」
もう飲み干していた。
そう歳は変わらないはずだけれど…ジェネレーションギャップってやつか個人差か。
先輩の飲みさしを同じストローで吸えるとは…
高橋は満足げにしっぽを振りながら、空になったプラスチックカップをテーブルに戻した。
「それで…話ってなに?」
きりだした途端、高橋の尻尾と耳がたれ、しょぼりワンコになる。
「増田さんっす…」
「ああ」
合わないんだろうなあ。
増田とは直前まで関わっていたプロジェクトのサブリーダーだ。不在が多かった自分のフォローをし、プロジェクトの結果を出した立役者だが、性格が少々きつい。世間からの評価が低いと常にくすぶっていて、ミスを厳しく叱責する。そのミスのせいで評価が上がらないんだとばかりに。
新プロジェクトのリーダーになったが、早速メンバーとひと悶着起こしたらしい。高橋は新プロジェクトのメンバーに抜擢されていた。
「佐々木さん、早く新事務所立ち上げて俺を呼んでください!」
「うっ…」
まさに新事務所の件が、頓挫したことを報告しにきたのだが…
しかたない。可愛いワンコ…もとい後輩のためにきばりますか…