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記事一覧
【小説】お信(第一部)
『お信』第一部
「モイスチャーってなあに?」
長い人生、このような質問を受ける可能性は誰にだってある。
お信はモイスチャーの意味をまったく知らなかったから、もしこの先「ねえねえ、お信ちゃん。モイスチャーってなあに?」と友達に尋ねられた場合、返す言葉を持ち合わせていなかった。
昭和六十二年。残暑も風が通り抜ければ多少は涼しい。お信は先程からここに腰を掛けて軒に吊った風鈴を眺めていた。しかしどこ
【小説】鷹匠五郎深山隠れ(前編)
私は鷹匠を生業として日々生活を送っています。
私の住む山形県の泥沢という集落は、農作物を育てるための耕地面積も無ければ、日照時間も短く、作物栽培に不向きな土地ですから専ら「猟」によって生計を立てる他はありません。そのため、私は鷹を使って雪山に棲む動物を捕らえ、その肉や毛皮を売ることで収入を得ています。しかしそれは私一人がやっと生活していけるだけの微々たる収入にしかならず、日々貧苦にあえいでいます
【小説】青木の炭吹雪
今朝、郵便受けを開くと朝刊のほかに私宛の封筒が投函されていた。
差出人に住所の記載はなく「青木太郎」とだけ書かれていたが心当たりは無い。とりあえず私は封筒の中の便箋を開いた。
*前田花子 様
拝啓 この度は突然のお手紙となり大変恐縮です。青木太郎と申します。
あなたが私を存じ上げないことは承知の上でお手紙を差し上げております。
実は取り急ぎ、あなたに申し上げなければならないことがあるからです