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#25 人と闘うな、自分の限界と闘おう

負けず嫌いだった子供時代

子供の頃、勉強が好きだった。どうして好きだったのか考えてみると、やればやった分結果が出たからだ。こんなに簡単で、わかりやすく成果がでるものを、どうしてみんなもっと一生懸命やらないのだろう、とさえ思っていた。

負けず嫌いの性格を見越して父が囲碁を教えたのか、囲碁をやっているうちに負けず嫌いになったのかはわからないが、とにかく負けるのが嫌いな子供時代だった。

負けたくない一心で囲碁に取り組む

囲碁の大会で負けたときには、悔しがっている姿を人に見られるのが嫌で、よく、トイレの個室で泣いていた。人があまり来ないトイレの場所を知っていたので、負けたときにはそこで逃げ込み、気持ちを切り替えるのが習慣になった。

囲碁の負けは、人や環境などのせいにすることができないので、その分、自責の念に駆られることも多かった。負けたときの苦しさと、努力する苦しさを天秤にかけたとき、後者のほうがまだマシだと思って、毎日囲碁に取り組んでいたように思う。

今思うと、この辺りの考え方にはかなり問題があるが、とにかく負けるのが嫌で、囲碁と勉強ばかりしていた、小学生時代だった。

人を勝手に標的にして闘っていた

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