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なぜ米空軍には准士官がいなかったのか? 軍隊の人事における階級の役割
軍隊の階級には数多くの種類があります。大まかに見ると、部隊を指揮統率する士官、命令に基づいて部隊を動かす下士官、そして部隊の手足となって実際に行動する兵という3つに区分することができます。ただ、階級の構造は時代や地域によってさまざまであり、士官と下士官の間に准士官(warrant officer)の階級を設ける場合がありました。准士官という階級を設けることで、優れた下士官を軍隊に留めるため、士官に近い地位を与えるキャリア・パスを用意することが可能になります。
アメリカでは陸軍、海軍、海兵隊で准士官を活用する人事制度を発達させてきましたが、アメリカ空軍はその例外でした。アメリカ空軍は1947年に陸軍の航空部門だった航空軍(U.S. Army Air Forces)が独立し、別の軍種に改組されて成立した組織です。そのため、アメリカ空軍が創設された当初は、アメリカ陸軍と同じように准士官の階級が維持されていました。
第二次世界大戦の経験から、航空軍の准士官は作戦の遂行に必要とされる専門技術を提供できることが分かっており、1946年に人事問題を取り扱う航空軍の調査委員会でも下士官のキャリア・インセンティブとして、准士官の階級には価値があることが確認されていました(Grandstaff 1995: 44)。そのため、1947年の時点のアメリカ空軍の創設の際に、准士官の階級を残すことは、ごく自然な選択であったといえます。
こうした状況が変化する転機となったのは、1954年に連邦議会が制定した士官等級制限法(Officer Grade Limitation Act)でした。この法令により、軍隊が保有可能な士官の数に上限が設けられ、准士官の数も士官の枠の中で制限されることになり、アメリカ軍は階級別の構成をどのように調整すべきかを見直すことになりました(Hanson et al. 2017: 13)。
1950年代には、空軍の作戦に関する科学技術、特に宇宙工学の研究開発が急速に発展し、空軍として必要とする技能や知識の内容も変化していました。空軍参謀総長カーチス・ルメイは空軍の准士官を削減することに対して慎重な見方を持っていましたが、1959年には将来、准士官を復活させることもあり得ることを条件にした上で、新たな准士官の昇任を認めない方針を決定しました(Grandstaff 1995: 46)。
この方針が策定されたことで、アメリカ空軍から准士官は次第に姿を消していくことになります。しかし、他の軍種は異なる道を探りました。陸軍や海兵隊は准士官を士官の一部として積極的に位置づけ、士官と同等の責任を果たせる人材と捉えました。海軍では一時的に准士官を削減していますが、1963年以降になると技術的な専門性を高める上で准士官の果たす役割を再確認し、それからは専門人材を確保するためのキャリアとして准士官の階級を活用するようになっています。そのため、アメリカ空軍だけが准士官を持たない軍種となっていきました。
しかし、最近のアメリカ空軍は再び准士官を復活させました。その経緯として、2010年代以降に空軍では准士官の制度を活用し、専門人材のキャリア・パスを強化する方法が議論されていたのです(Hanson etl al. 2017)。2024年12月には66年ぶりに准士官となる軍人が現れ、彼らはサイバー戦の専門人材として活躍することが期待されています(Roza 2014)。これは陸軍や海兵隊の准士官とは少し違った位置づけの准士官であり、民間の労働市場で高い競争力があるサイバー人材を確保する手段として准士官の階級を活用する取り組みといえます。
同じ国の軍隊であっても、軍種ごとで最適な人事制度は異なるので、階級の仕組みも一様ではなく、また時代によって移り変わることが分かる事例ではないかと思います。自衛隊でもサイバー戦などに対応できる専門人材を確保することは大きな課題であり、どのようなキャリア・パスを用意すればよいのかさまざまな検討が進められています。
参考文献
Grandstaff, M. R. (1995). Neither fish nor fowl: The demise of the USAF's warrant officer program. Air Power History, Vol. 42 No. 1, pp. 40-51.
Hanson, P.A., Niederhauser, J.D., Towlson, C.S., & Wierenga, J.E. (2017). Is Bringing Back Warrant Officers the Answer A Loot at How They Could Work in the Air Force Cyber Operations Career Field. Air Command and Staff College, Air University.
Roza, D. (2024). A 296-Day Sprint: How the Air Force Brought Back Warrant Officers In Record Time, Air Force Magazine, (https://www.airandspaceforces.com/air-force-warrant-officer-program-sprint/)2025年2月10日にアクセスを確認
見出し写真:U.S. Army Sgt. James K. McCann
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