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【仕立て屋の繕う日々】魔法はないけど、ある。

 一瞬でドレスをつくる魔法なんて、ない。

 シンデレラの魔法使いは、ビビディ・バビディ・ブーと呪文を唱えて、ボロボロのドレスをあっという間にみごとな青いドレスに変えてみせた。でもそれはきっと、時間を止めていただけなのだ。

 わたしの持論はこうだ。まず、魔法使いは時間を止め、「まあずいぶん派手にやられたわね」とつぶやきながらドレスをアトリエに持ち帰る。

「この生地は残念ながらもう使いものにならないわね。でもせっかくのお母さまのドレスだからアンダースカートは活かしてあげましょう。あらやだ、ピンクの生地切らしちゃってるわ、まあいいか、シンデレラは青い瞳だから、かえってブルーのほうが映えるでしょう」

 魔法使いはブルーのサテンとオーガンジーを裁断する。それぞれのパーツを縫い合わせると、全体のバランスを見ながらクリスタルのビーズをひと粒ずつチクチクと縫いとめる。

 作業はなかなか終わらない。先は長い。魔法使いは果てしないような気持ちになる。でも大丈夫、とにかくひと粒ひと粒縫いつけていれば、いつか終わりは来るのだ。それに時間はたっぷりある。だって魔法で時間を止めているのだから。

 ようやく仕上がったドレスをシンデレラのもとへと運び、よいしょっとシンデレラに着せつける。さあこれでいい。魔法使いは汗をふき、息を整えてから呪文をもう一度唱える。

「ビビディ・バビディ・ブー!」

 止まっていた時が動き出した。シンデレラの歓喜の声があがる。「なんて素敵なドレスなの!」ブルーのドレスはシンデレラによく似合っている。魔法使いは何事もなかったかのように微笑む。おほほ、また魔法使っちゃったわ。

 ドレスをつくりながら、わたしはよくそんな妄想をする。

 インスタグラムでビフォーアフターを投稿すると、「魔法みたいですね」ってみんなが言ってくれる。でも当たり前だけど、みんなが思っているような魔法はない。ただ必死につくっているだけ。


 でもドレスをつくっていると、魔法みたいなことがたびたび起こる。嘘みたいにぴったりのレースが見つかったり、お直し上の問題をカバーするためのアイデアがピタッとはまって「かえってこっちのほうがよかったかも」ということもよくある。魔法なんてないけど、魔法はあるのだ。

 ただ、シンデレラの魔法使いと違うのは、わたしには時間が止められないってこと。だからいつも時間に追われている。

 それでも、魔法はつかえる。


「魔法がつかえる」ようにと、アトリエに貼っている羊文学のポスター


だれにたのまれたわけでもないのに、日本各地の布をめぐる研究の旅をしています。 いただいたサポートは、旅先のごはんやおやつ代にしてエッセイに書きます!