ゾッとするけど、見事なオチ。フレドリック・ブラウンの短編 『さあ、気ちがいになりなさい』
お昼休みのちょっとした時間や通勤途中、就寝前のベッドの中……。
何か読みたいけれど、しんどいのはイヤ。
そんなとき、気軽に楽しめるのが短編の読み物だ。
読書するぞ、と構えなくていい。
しかも秀逸な作品は、短い時間でカタルシスも感動も余韻さえ残してくれる。
例えば、誰もが知っている星新一。SF作家でショートショートの神様だ。
意外な結末と斬新なアイデア、ブラックジョーク、ユーモラスで渇いた恐怖。そんな世界が読みやすい文体で書かれている。
今回はその星新一が影響を受けた作家、フレドリック・ブラウンの短編集を紹介したい。
短い物語の中のハラハラドキドキ。
予想外の結末とカタルシス。
恐怖と愛と狂気。
次の物語も読みたくなる中毒性。
短い物語に、これだけの興奮が詰まっている。
こんな驚きと感動を意のままに操るフレドリック・ブラウンは、1940年代~60年代に活躍したアメリカの作家である。ミステリもSFも器用に書き分ける技巧派だ。
ではお待ちかね、本の紹介に入ろう。
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■『さあ、気ちがいになりなさい』
SF色が強いこの短編集は、「狂気と正常の狭間」を行き来するようなスリリングさに溢れている。そして最後のお楽しみは、膝をたたくようなオチ。
その上、翻訳は星新一だ。まさに星新一とブラウンの二重奏ともいえる豪華な短編である。楽しめないわけがない。
ここでは収録されている12篇から、6篇をピックアップしてみた。
●pickup-1 『みどりの星へ』
赤い太陽と紫色の空のクルーガー第三惑星に不時着した男が、みどりが生い茂る地球への帰還を夢見て彷徨い続ける。数年後、ようやく助けが現れるが……。
ここで描かれる男の「狂気」には、目頭が熱くなるような安らぎがある。読みながら、狂気と正気の境界線が曖昧になる。
ただの奇妙話で終わらない、ブラウン一流の深みが味わえる一作だ。
●pickup-2 『ぶっそうなやつら』
異常犯罪者収容病院から一人の男が脱走した。その町の駅で偶然出会った2人の男が、お互いを脱走した殺人狂だと疑い戦慄する。そこへ本物がやって来て……。
登場人物のモノローグ(心の声)だけで、読者の恐怖が増長していく。途切れない緊張、短いながらも二転三転する展開。
タイトルに注意。「ぶっそうなやつ」は複数いる。
●pickup-3 『電獣ヴァヴェリ』
電気や電磁波を食べる怪物ヴァヴェリによって、地球は電気を失ってしまう。
だが人々は混乱せず、優雅な気分で状況を受け入れるのだ。その状況は美しく、叙情的と言ってもいい。
後にSF作家のフィリップ・K・ディックは、『電獣ヴァヴェリ』を「最も重要なSF作品」と絶賛している。
●pickup-4 『ノック』
星新一も影響を受けたという、世界一短いショート・ショート。1948年の作品だ。
この傑作は、多くの作家に影響を与えた。後にこの作品の模倣・パロディ・発展型が生み出される、パワーを持つ元祖なのだ。
いま原点になった作品を読むことで、面白さのキモをシンプルに感じてみたい。
●pickup-5 『シリウス・ゼロ』
自家用ロケットでシリウス惑星系を回っていたウィリアム一家が、新たな惑星「シリウス・ゼロ」を発見する。
すでに地球からの開拓者に占拠されていると思われたが……。予想外の展開に、ウィリアムは真の惑星生命体とのファースト・コンタクトを果たす。
壮大なテーマであるにも関わらず、人間の浅はかさを軽いコメディタッチで描いた秀作だ。
●pickup-6 『さあ、気ちがいになりなさい』
この話しだけは、巻末の解説を先に読まないことをおすすめする。しっかりネタバレされているからだ。
記者のジョージ・バインは自分をナポレオンだと思い込む異常者を装い、精神病院に潜入入院する。そこで明らかになる“彼”の秘密。
またもや読者の予想を半歩先で裏切り続ける、二重三重のどんでん返しの登場だ。
この話しは、途中経過の歪んだ世界が断然恐い。精神病院で明らかになる“彼”の正体とは。
自分の存在が不確かになる危うさは、フィリップ・K・ディックの作品を読む感覚にも似ている。
『さあ、気ちがいになりなさい』、いかがだったろうか。
さて、次回はブラウン短編でもミステリ色の強い『真っ白な嘘』を紹介する。
なお『叫べ、沈黙よ』『町を求む』については、本作にも『真っ白な嘘』にも収録されている。2作ともミステリ展開のため、後編の『真っ白な嘘』に回した。