(2)Step by step. 〜男女間と母娘間と。(2024.3改)
「ミャンマー クーデター」と「UAV」2つのキーワードを入力してソートすると、ズラッと記事やコラムが並んでゆく。これといった国際ニュースが無いので各国のメディアが競うように記事にしている様だ。
「これは大変だ・・」
検索結果数が500近くまで及んだので、内閣補佐官の新井は更にソートを掛けて絞り込んでゆく。全ての記事に目を通している時間はないので、欧米の主要メディアに限定し、走り読みして行った。
各メディア間で専門家のコメントを得るために、軍事評論家や元軍人を奪い合う様相となっている。日本のメディアの場合、同じ人物がアチコチで意見を述べている。
専門家と有識者の意見の傾向としてはミャンマーの行く末を論ずるのではなく、総じて「中国の誤算」に言及している。
ミャンマー軍事政権の有力な後ろ盾であった中国が失権し、そこにプルシアンブルー社という民間企業が取って代わる構図を良い意味で評価している印象を洗井補佐官は汲み取った。
プルシアンブルー製UAVが実戦デビューし、いきなり成果を上げたので扱いも違う。UAV自体の性能を論ずるのではなく、「一国の軍隊が鎮圧された」「中国製の防空システムが機能しなかった」事実に、各有識者もフォーカスを当てている。
ミャンマー軍の国防を担っているのは中国製兵器だ。近隣ではカンボジア軍も中国製兵器の採用比率が高い。タイ・マレーシア・インドネシア・シンガポール各軍内での中国製の依存シフトが進んでいた中でのミャンマー軍の破綻なだけに、各国の国防関係者が注目するのも当然かもしれない。今後、ASEAN市場における中国製兵器の購入は停滞する可能性が高くなった。中東・アフリカでの兵器ビジネスも暗礁に乗り上げるだろう。
ヤンゴンに居る黒岩大使館員の追加報告を参照しつつ、新井は補佐官として分析を重ねてゆく。
日本では国会内で予算会議が始まっている中で、護衛艦いずもの派遣とプルシアンブルー製UAVと 事件への日本人関与につき、与野党問わず論戦が始まっていた。
前田外相も阪本総務相も「事実関係を調査中です」と言って、蚊帳の外に居るかの様に しらばっくれているので、質問の矢面には首相と防衛大臣が共闘しているかのように議員からの質問に応じている。
クーデター失敗の翌日、国連安保理ではミャンマーに関しても議論が始まっている。
該当UAVのデザインを担当したSAABb社の所属するスウェーデンと、日本の次期FSXの共同開発国の有力候補となっているイギリス/イタリア、自国の防衛システムが無効化された中国が、ミャンマー国連監視団への参加を表明している。
クーデター後の治安部隊として、ベトナムとインドネシア軍がASEANを代表してミャンマー入りし、インドと隣国バングラデシュの部隊が国連軍として追加配備されるのが決まった。
監視団・治安部隊というよりも、中国製防空システムVSプルシアンブルー製UAVの実地検証が各国の目的なのは間違いない。
SGX(シンガポール証券取引所)におけるプルシアンブルー社の株価は、コロナ製剤完成発表時並みに急騰しており、〇ヨタ自動車を抜き、GAFAの時価総額に匹敵するまでになった。もはや、新興財閥、新手のコングリマットの様相だ。
乗用車に代表される地上車両ではなく、航空分野で自立型UAVを完成、成果を上げてみせたのだから当然なのかもしれないが、創業して1年も経っていない企業と考えると、やはり異常な成長速度と言われてしまう。AIが活用されているから急成長出来る、と言う意見には賛同するしかない。
財務省、金融庁、東証にとっては大失態だ。
プルシアンブルー社の日本法人は絶対に上場しないと息巻いている原因は、昨年10月の東証システムトラブル発生による。国内株式市場のエースを失ったようなものだ。
「クーデターを阻止した」という実績を、特定のメーカーが得たのも大きい。プルシアンブルー流の「大きな成果を上げて巨額の利益を得る」の最たる成功例となった。敢えて善悪で論じるなら明らかに「善」と解釈され、スーチーとガッチリ握手し合うモリの姿は、救国の英雄として見做され、息子と立ち上げた共栄社会党の名称とイメージが合致してしまう。
市長や議員が元共産党員で構成される政党となるので「専守防衛」「侵略と先制攻撃の否定」が自ずと有るので、死の商人、タカ派、右翼等と誤解される事もない。
「クーデター計画を事前に把握していたからこそ、それに合わせての政党立上げだったのだろう」新井補佐官は、そう推定した。
軍という悪を叩いた人物となるので、善・正義といったプラスのイメージが加味される。「クーデターを阻止した日本人」と言う新たな称号がドラマーで作曲家でもあり、狩猟ハンターであり、地方議員に加わる。
「モリ・マジックが国際デビューした様なものだ・・」
新井は改めて舌を巻く。政治家の範疇を最大級にまで広げて見せた感がある、従来の政治家の幼稚さや、俗物的な小者っぷりが殊の外目立ってしまう状況だ。
もし、息子の新党党首が似たようなアクションを国際舞台で取ったら、息子が現役で居る内に与党の芽は完全に無くなってしまうだろう。
ASEAN諸国は総じて軍部が強い。大なり小なり軍が政治に関与する傾向にある中で、プルシアンブルーが民衆と政権側に寄り、軍を制圧・服従する環境が揃っている。モリ親子の次なるターゲットは、カンボジア、タイ辺りだろうか・・
そんな思索をしていると、新たなニュースが飛び込んで来たので新井は驚く。
国連安保理の場で、「ミャンマー軍を解体して、ASEAN軍を新たに設立する」とミャンマー国連大使が発言したという。
ーーー
バンコクの日本大使館前には、タイ北部のキャンプ地に亡命しているビルマ人や、タイの漁村で就労しているビルマ人が集結していた。
プルシアンブルー社の7名が大使館前に並ぶと、拍手と歓声が上がる。
祖国に帰国できるかもしれない期待と、祖国を守った英雄達の称賛が入り混じり、周囲で見守るタイ人とは異なる盛り上がりを見せていた。
タイの軍事政権にとっては、痛し痒しの映像となる。自分達のクーデター時にはプルシアンブルー社は存在していなかったので、タイでのクーデターは無難に成功を収めたが「次のクーデターは無理だろう」と察していた。
タイはクーデターを乱発するくせに、絶対に国王に逆らわず、王政を維持するという世界でも珍しい軍隊を有しているのだが、その手段も今後は取れなくなる。
同時に国防を見直さねばならない。プルシアンブルー製のUAVを反体制派に提供されたなら、ミャンマー軍と同じように敗退するのは確実だ。
カンボジア政府も苦々しく感じていた。
フン一族による独裁政治が確立しつつある中での唯一の懸念材料が、国王・王族とプルシアンブルー社の関係が強固なものとなっている点だ。王族がプルシアンブルー社の応援を受けて政党を立ち上げ、議員となるという噂が広まっているのも国民の間でその種の希望や期待を抱いているからに違いない。
また、中国製の兵器で100%構成されているカンボジア軍と敗れたミャンマー軍の質は殆ど同じだ。簡単に制圧されてしまうのが明らかとなった。
今までは軍を利用して、野党を犯罪組織と見なす等、敵対勢力を排除し続けてきたが王族を排除するのも不可能だし、軍が非道を働けばプルシアンブルー社が介入してくる可能性が出て来た。王族が民衆の支持を集めれば事態は急変するかもしれない。
ミャンマーの隣国ラオスも気が気ではない。
昨年のモリとの仲違い状態を一刻も早く修正する必要がある。ミャンマーでNLDが成功し続けるような状況になると、経済格差が広がる一方となる。対中政策一辺倒を見直し、プルシアンブルーの投資を呼び込む必要がある。
ASEAN内であっても、こうして葛藤と混乱が生まれる。クーデターを阻止した後の影響まで想定してプランを立てた人物が実在し、今回は敢えて表舞台に立って見せて、その素顔を晒した。軍事評論家や国際政治学者が挙う様に評論し合う状況まで見据えていたのかもしれない。
***
7名の日本人は家族と思われる娘たちとプルシアンブルー社の社員とハグや握手を交わしてバスに乗り込んでいった。
そのバスの運転席に座っているのがロボットだったので、集まっていたメディアは驚いた。
「タイの道路交通法はどうなってるんだ?」と調べると、既にプルシアンブルー社から申請が提出されており、バンコク市内のバスでの採用が決まっていた。
中進国となったタイでは、不足する一方のバス運転手の切り札として、運転ロボに期待を寄せているらしい。
バスに乗り込むや否や、「ミャンマーで何があった?」「先生はどうした?」と7名に対して一斉に質問が飛ぶ。バスの中では少々難がある、オフィスに付いてから話すと翔子が言うと、全員の矛先が収まった。
バスから降りた翔子は、バンコク支社が入居しているビルがそれなりなので驚いた。2週間前は「場末の雑居ビルの一室にするつもり」と志木社長から聞いていたからだ。
エンジニア5名も「富山本社よりスゲえ」と言いあっている。由真だけが、一度この支社に立ち寄ったので違和感を抱いていなかった。
プルシアンブルーでビルの3フロアを借りているというので驚くが、ビルのオーナーがパウンさんの父親と聞いて、一同納得する。入居している企業も王族が絡んでいる企業ばかりだと言う。
由真はエンジニア5名と一緒に、バンコク支社の幹部達の元へ報告に行き、翔子は娘たちを引き連れて会議室に入った。
先ずこの場では「源家の果たした役割」を話す訳には行かないので、北朝鮮については触れない。娘たちと同じ高校の子が居るので細部を明かす訳にも行かない。彼の男性としての欲求を満たす存在のようなもの、として解釈して貰えばいいと思いながら話し始める。指には彼から貰った指輪を付けていた。娘たちの視線が自然と指輪に集まっているのが面白かった。
「さて、何から話そうかな。
・・先ず、大使館に伝えた話なんだけど、大枠は報道で伝えられている通りに報告してる。でもね、実は細部は偽っているのが実態なの。あなた達だから正直に言うけど、お願いだから口外しないで欲しい、事実が広まると先生の立場が悪くなってしまうのよ」
「そう伝えれば確実だ」と翔子は信じていた。自分も含めて、この娘達は先生の信者の様なものなので。
「新型のUAVについては本社の方で追って発表されるけど、S-37って型式がつけられたみたいね。海自のヘリ空母に着艦する映像はみんなも見たと思う。それと、NLDの要請でビルマ解放戦線が動いた、みたいな話になっているけれど実際は違うんだ。
クーデターの前日の晩に先生が一人でネピドーの邸宅に乗り込んで、スーチーさんと大統領を説得して連れてきたのが実態なのです」
「スーチーさんは民族問題を無視し続けて来たから、解放戦線にSOSを出したって下りに違和感を感じてたんだ。納得しました」
「えっ?先生が単独で赴いたって話の方が驚きでしょ?」
杏の同級生の蜂須賀 翼が杏に絡むと杏が片目を閉じて人差し指を口に当てる。翼が押し黙った。
「寝ていた先生が部屋に居ないから、私も驚いてパニくっちゃったのよね。
起きた時には、既にNLD幹部の2人を保護した後だった。ある国・・もう面倒だから言っちゃうと、アメリカはね、最高顧問と大統領の命を軽視していたの。2人の政治力を見限っていたから、31日のクーデター前日の時点で軟禁対象に位置づけているのが分かると、2人を見捨てて軍事政権に押し付けるつもりでいたらしい。
その2人を先生は連れてきたもんだから、アメリカが相当慌てた。
2人を連れて来る前に、家を監視していた兵士達を無力化して、解放戦線に捕虜として回収してもらうよう要請した。スーチーさんが解放戦線に助けを求めたっていうシナリオはこれで成立した。結果的には何とか辻褄が合うようになった」
「CIAなのか、FBIなのか良く分からないけど、彼らは先生を快く思っていない。だから先生は逃亡中なの?」
「翔子の夜のお手本」として義父から指名されている樹里が発言する。
「大丈夫、逃げてる訳じゃないよ。解放戦線側に留まって今後の打合せをしているよ」
「先生お一人で大丈夫なんでしょうか?」
樹里と幸の同級生の東山 柚子が挙手しながら言うので笑う。高校の習慣がまだ抜けていないようだ。
「うん、大丈夫。だってビルマ解放戦線を作ったのも、解放戦線の総司令官も先生なんだもの。今回の作戦はぜーんぶ先生が考えて全体の指揮を取った。
今後、プルシアンブルーはビルマの人達と少数民族を支援するけど、NLDは支援しない。プルシアンブルーは石油とガスの油田を全て管理して、国内に潤沢に支給して、一部を日本に持ち運ぶ。油田管理が当面のビルマ内での開発の資金源になるっていう話なんだ・・けど・・」
翔子が得意気になって話していると、皆驚いた顔をしているので途中で話すのを止める。
「総司令官って・・少数民族って、ゲリラ組織のようなものだって理解してるんだけど、ゲリラの棟梁になっちゃったって話でいいのかな?」
「そうだよ。でも陸軍は武装解除したから最新の中国製兵器一式はごっそりと残った。軍が反撃する間もなく制圧しちゃったからね。銃弾も弾薬もいっぱいある。その兵器全てを解放戦線が正規軍として譲り受けた格好になっている。衣装もバラバラだったけど、ミャンマー軍の服装を着用しているので様になった。
先生はね、大量のライフル銃と拳銃の他に日本製の4駆とバイクと水雷艇を譲り受けたよ」
母娘でのやり取りとなったが、娘の顔が驚いた表情のままなので翔子は微笑んでしまう。
「譲り受けるって、まさかミャンマーに骨を埋める気なの?」
「ブルネイ、ベトナムと同じだよ。映画の"ビルマの竪琴"みたいに現地に留まらない。戦メリのミスター・ローレンスは定期的にビルマを訪れて、オブザーバー的に政治と経済に絡んでゆく。
先生って、デビット・ボ○イに似てると思わない?眉まで染めたら日本人じゃないのよね・・。で、首都の将軍の住宅も接収して、そこを拠点にするんだって。昭和の財閥や政商みたいな感じになるのかなって想像してる」
「国会議員になるのに、そんな頻繁に海外に出てもいいのかな?」
「玲子、それじゃあ古い政治家の言い草と同じだよ。社会党があるのに、何の為に共栄党を立ち上げたか考えてご覧。共産党員を有効活用するのもあるけど、共栄党として幅広く政治活動をするのが目的なの。
ブルネイ、ベトナム、タイとカンボジアの一部が日本経済と社会党知事の県のライフラインになりつつある。今回ビルマを経済圏として手にしたから、今頃中国は慌てているだろうし、インドとアラブ圏は社会党と共栄党に急接近してくる筈。タイとカンボジア、ラオス、フィリピンみたいに、中国とアメリカ依存の国は軍部が弱体化して政変劇が起きると思う。
戦前の軍事政権を除いてだけど、日本の政党と日本人で、ここまでアジアで存在感を誇れる政党や個人って居なかったよね?って、私は思った。
先生はね、共栄党を立ち上げて、自分達親子で理想の社会を具現化して見せようと考えた。
これからは日本の政治家がアジアの国々で政治をやってもいいし、他所の国で議長になったり大統領になっても構わない。アジア出身の議員が日本の国会や県議会に居てもいい。各国の政治が日本の社会党的なものになれば、経済活動も自ずと地に根が生えた様な現地主義的なものになってゆくだろうし、逆にそれを目指さなければならないって。
共栄党って名前はね、アジア全体、地球全体のレベルで共存共栄を目指している政党の設立思想から名付けられた。共産党と共に栄えるとか、日本の事だけしか考えられない様な低レベルなドメスティック専門の政治家とは、完全に異なる次元にあるの」
娘が叱られたかの様に縮こまっているので、やり過ぎたかな?と翔子は反省する。
「あの、ASEAN軍構想っていうも先生のアイディアなんでしょうか?」
言いづらい雰囲気の中で幸が言い出す。養女の中で一番有能なのはサッちゃんかな、やっぱり と翔子は改めて実感する。彼は絶対に手放さないだろう・・
「うん、そうだよ。私も初めて聞いた時は驚いた。NATOみたいな感じですか?って聞いたら、米軍ありきのNATOではなくって、国際レスキュー隊の方がイメージに近いって言ってた。東南アジアだと雨季の水害は何処かで必ず起こるし、ボルネオ島やスラウェシ島では焼畑農業からの延焼による山林火災とか、インドネシアとフィリピンは火山があるから噴火もあるし地震も多いし・・。サンダーバードか009って感じかな?古い例えでゴメンね、サイボーグ・ゼロゼロナインって言っても分からないよね・・
それと、数字を覚えていないからアンチョコを見させて貰うと、ミャンマー軍は全体で自衛隊の倍の40万人も居るのよ。陸軍が大半を占めるんだけど37万人で、海軍と空軍がそれぞれ1.5万人居る。海軍と空軍はそのままビルマ軍に編入するんだけど、陸軍は将校以上を除いて、10万人をミャンマー軍に、20万人をASEAN軍に転属、残りの10万人は退役して民間企業に転属する。5万人はプルシアンブルー社で雇うっていうイメージ。ビルマ内に工場を建設してゆくからね。
ASEAN軍の最初の仕事は、バングラデシュ側のキャンプ地に避難しているムスリムのロヒンギャ族やシャン州周辺に居る少数民族の部族ごとの住居の再建活動からスタートする。
公共事業をしながら、隊員たちの特性を見極めて組織化してゆく、そんな感じ。
ね、先生らしいでしょ?」
モリ家にやってきて半年が過ぎたが、今回の帯同で母が多くを学んでいるので玲子は驚いた。いつの間にか母が国際政治を語れる様になっている。国会議員の公設秘書として恥ずかしい目に会わぬよう努力しているのだなと察した。
確かに彼の隣に居たら、教材には事欠かないだろう。政治家に転出出来るだけの知識と経験も重ねてゆくに違いない
(つづく)
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