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ペンネームを変えて再出発した作家が文学賞をもらう話

令和6年6月に出版した拙著『ソコレの最終便』が、書評家・細谷正充氏が主催する文学賞『第7回 書評家・細谷正充賞』を頂きました。過日、東京の神保町にある日本出版クラブで開催された授賞式に参加してきました。

細谷賞は過去1年間に出版された小説の中から「おもしろい」と細谷先生が感じられた5作品に対して賞を与えるノンジャンル文学賞です。

思い返せば9年前の夏、私は21年勤めた自衛隊に別れを告げ、高い志を立てて作家としてのキャリアをスタートさせました。しかし売り上げはまるで振るわず、貯金はみるみる減っていき、新作の初版部数はデビュー作より減らされ、企画は通らないしダメ出しはエンドレスだし預けた長編は塩漬けにされるし、ああもう……。

結果が出ないので作家専業を諦めて再就職し、ペンネームもデビュー以来使用していた『霧島兵庫』といういかめしい名前から本名の『野上大樹』へ変えました。賽の河原で石を積むような徒労感に満ちた日々を送りながら、祈るような気持ちで書いた再出発作、それが細谷正充賞を頂いた『ソコレの最終便』です。

クリックすると集英社のHPに飛びます。

再出発作での受賞。

この一報を聞いたとき、私の胸にわいた感情は、飛び上がるようなうれしさ、ではなくて、胸をなでおろすような安堵でした。

自分の「好き」を突き詰めること。

私は作家としてそれが大事だと信じてきましたし、自分が何に対して興味関心を抱き、萌えがどこにあるのかを深掘りすることが、作家性を形作る根幹だと思ってきました。

しかし出せども出せどもまるで本が売れず、9年のあいだ超低空飛行をつづけた結果、私は自分の感性に疑いを持つようになっていました。

自分がいいと思うことと世間の評価はずれている。どうやら自分の価値観は人と違うらしい。だから人の共感を得られないのではないか。

だったら、自分のこだわりを、自分が好きだと思うことを一旦封印して、今までとは違うアプローチをする必要がある……たぶん。

そういう迷走がはじまった矢先の受賞でした。

授賞式の会場で細谷先生にお目にかかったとき、こう言われました。

『ソコレの最終便』はエンタメらしく明るく終わることもできたはずだ。でも、あえてそうしなかった。最後のエピソードに”あれ”を持ってきたところに、作家としての志を感じた。

ですから、この受賞によって、自分のこだわりをもう少し信じてもいいんじゃないかと思えたわけです。

ただ当然ながら、この結果は私ひとりの力で成し遂げたわけではありません。もしも編集者の的確なディレクション抜きで執筆していたら、受賞作『ソコレの最終便』は数段見劣りのするまったく違う物語になっていたことでしょう。

細谷賞は担当編集者にも賞を与える珍しい文学賞ですが、受賞という功績の半分は、編集者の手に帰するべきものだと私も思います(エンドレスな改稿指示にうんざりすることもありましたが、受賞祝いをくれたのでチャラとします)。

担当者がくれた受賞祝い『落款(らっかん)』
彼曰く、「吉祥寺の老舗『青雲堂』に頼みました。北方謙三さん、今村翔吾さんもそこで作ったそうですよ。北方、今村、野上で並びましたねww」だとか。ありがとう。でも並んでねーよ。

また、デビュー以来ずっと見放さず面倒を見てくれた、とあるふたつの出版社の担当諸氏のことにも触れておきたいと思います。

時に厳しく、時に優しく、右も左もわかっていなかった新人時代から、彼らには教え導かれてきました。彼らの愛ある千本ノックと今回の受賞は間違いなく地続きです。

野上大樹というバトンを、次の出版社へ、次の編集者へ、彼らがリレーしてくれたからこそ、私は晴れがましい受賞台に立つことができたのです。雨が降っているときに傘を貸してもらったことを、私は絶対忘れません。次は直接ご恩を返せるよう、これからも書き続けていくつもりです。

最後に、ふだん小説をまったく読まないけど、私の小説だけは必ず読む妻のことを話します。

 私が小説家になると決意した日、妻は言いました。
「作家になるなら離婚する、と言ったらどうする?」
 私はこう答えました。
「なら、しかたがない。離婚しよう」
 頑として己を曲げない私を見て、妻は諦めたように笑いました。
「そう言うと思った」

あれから9年経ちました。

この期間、私はいろいろな人に支えられましたが、「すごいね、映像が浮かぶ、きっと売れるよ!」という妻の感想に勝る支えはありませんでした。

私の受賞を我がことのように喜ぶ妻を見たとき、心の底から思いました。今日という日の喜びをこの人と分かち合うことができて、私はほんとうに幸せだと。

受賞した5人の作家と担当編集者
前列右から饗庭淵氏、宇野碧氏、細谷正充氏、永嶋恵美氏、黒木あるじ氏、後列中央が私です。

※私以外の受賞者と作品一覧

『対怪異アンドロイド開発研究室』(饗庭淵 角川書店)
『繭の中の街』(宇野碧 双葉社)
『春のたましい』(黒木あるじ 光文社)
『檜垣澤家の炎上』(永嶋恵美 新潮社)

全部拝読したのですが、「作家によって作風はこんなにも違うのか⁉」
と驚くほど方向性がバラバラで、とてもいい刺激を頂きました。
4人の作家さんと知り合いになれたのが授賞式に参加した最大の成果でした。

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野上大樹@作家(旧名:霧島兵庫)
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