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日記のようなもの。

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みじかくて、かんたんな、ちいさな言葉。
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#スキしてみて

じゃんけんと潜在意識。 【エッセイ】

 じゃんけんは、公平に物事を決めるときに用いられる。グー、チョキ、パー。この単純なルールからも分かる通り、勝つ確率は誰しもが平等である。  しかし、たまにとてつもなくじゃんけんが弱い人が現れる。  たとえば、僕だ。  じゃんけんが弱いと自覚したのは中学生のとき。所属していたソフトテニス部で練習をする前に、前衛と後衛でそれぞれじゃんけんをする。勝った人から1番、2番。同じ番号でペアを組むのだ。僕は毎回、5番だった。もちろん5人中。通算成績は15勝37敗。  こんなに負ける

「おめでとう」は悪魔の言葉。 【エッセイ】

「入学おめでとう」 「就職おめでとう」 「結婚おめでとう」  僕らの日常には、おめでとうが溢れている。 「内定おめでとう」  行きつけの美容院で、帰り際に言われた。僕は得意のつくり笑顔を披露して、「ありがとうございます」とお礼を言った。  帰り道、頭の中で「おめでとう」が繰り返されるたびに、僕はストレスを感じていた。 「おめでとう」と言うとき、僕らは相手が喜ぶだろうと信じて疑わない。本当にそうだろうか。  もちろん、祝福の気持ちを伝えるときはあるだろう。しかし、入学とか

特別なひと。 【エッセイ】

 誕生日というものは実にくだらない、と僕は思う。自分が生まれた日にちなんてどうでもいいし、今年の自分の誕生日も当日になって気がついたくらいだ。  恋というのは偉大である。好きな人の誕生日というだけで、一週間以上前からそわそわして落ち着かない自分がいた。会えるわけでもないのに、メッセージを送ることだけを楽しみにしている。  誕生日そのものに胸を躍らせているとは考えにくい。そうなるとおそらく、お祝いメッセージをきっかけに会話が続くことを期待しているのだろう。 「おめでとう」

売れる小説と書きたい小説。 【エッセイ】

 小説が好きだ。でも、小説が嫌いだ。  小説を書きたい。でも、小説を書きたくない。  ベストセラー小説を何冊か読んでみた。何十万部突破とか、何とか賞受賞とか、売り上げランキング第一位とか。そんなやつ。一度くらい勉強のつもりで読んでみようと思ったんだ。  つまらない。嫌い。気に食わない。そんな本ばかりだった。僕の感想は変なのだろうか。ネットで調べてみる。どこをみても大絶賛の嵐。さらに嫌になる。そうか、こういう小説が"良い"小説なのか。  読む分にはまだ許せる。自分が好きな

バッティングセンターで人生を打つ。 【エッセイ】

 ガタン。重厚な機械音が小さく響くと、少しして壁の穴から白い球が放り出された。ヘルメットを被った男の子は、振ったバットの重さに耐えられずに身体が回転してしまう。「がんばれ!」ネットの後ろから母親らしき女性が応援している。カキン。男の子は甲高い金属音を鳴らしたあと、顔に力を入れて手をぶらぶらさせた。  ベンチから腰を上げると、男は打席へと踏み出した。心臓の鼓動が男の耳を強く叩いている。この瞬間を待っていたんだ。男はネットをひらりと避けて打席に入った。バットを持って、百円玉を3

情報洪水警報です、ただちに避難してください。 【エッセイ】

 世の中は情報にあふれている。  テレビをつければ、CMやニュース、バラエティが視覚と聴覚を占領してくる。スマホを見れば、SNSやブラウザがカスタマイズした情報で興味を誘ってくる。デジタルデバイスだけじゃない。お菓子や調味料だって、気づけば活字だらけのパッケージ。生きてるだけで、情報は僕らの脳に侵入してくる。  最近の僕は、なんだか疲れる。身体じゃなくて脳だけが。どうしてだろう。悩んだ僕は、散歩に出かけた。  近所の公園に行く。不思議と気持ちが楽になって、身体の底から活

欲しがりません、いつまでも。 【エッセイ】

 明るくなったら目を覚まし、暗くなったら布団に入る。少しの食事と少しの笑い。僕が欲しいのはこれだけで。車も時計もいらないし、地位も名誉も投げ捨てる。そういう僕は、贅沢ですか?  ただ生きること、それだけが、こんなにも辛いことなんて。こんな世界、狂ってる。僕は自由が欲しいだけ。なのに大人は傲慢で、いつでもどこでも追いかけてくる。逃げろ、逃げろ。頭の中で鳴り響く。  周りを見れば、みんな真面目で。自分を殺して生きている。嫌じゃないの? そりゃ嫌だよ。だったら今すぐ辞めたらいい

海は広いな、大きいな。【エッセイ】

 気がつくと口笛を吹いている僕は、いつものようにメロディーを奏でていた。どこで覚えたかわからない曲。それでいて、日本人は全員が知っているらしい。  「ピーピーピー、ピピピーピー、ピーピーピーピー」  これで分かった人は天才だ。いや、タイトルにヒントがあるのだから、これで分からない方が問題かもしれない。  正解発表。『うみ』という題名の曲。僕はこんな曲名だとは知らなかった。あまりに単純すぎる。教えてくれたのは友達だった。そして、口笛を吹いていたとき隣にいたのが、その友達だ

物語の感動はだれのもの?【エッセイ】

 昨日、観たくもない映画を観た。ありきたりな物語。病気の彼女と、それを支える彼氏のラブストーリーだった。家族が観たいと言うので、僕が入っているサブスクをテレビに繋いでやったのだ。僕も暇だったので、なんとなく眺めることにした。  設定も展開も、これでもかというほど典型的だった。最近人気の若手女優が主演をしていたことを考えれば、仕方ないとも言えなくない。そんな映画が、面白いわけがない。  主人公の女の子が病気で亡くなって、生前の手紙が読み上げられる。彼女の声の裏には、ピアノバ

愛してるなんて、言わないで。【エッセイ】

 愛してる。なんとなく観ていた音楽番組は、そんな曲ばかり流していた。その後に始まった番組は、若者に人気らしいインフルエンサーを映している。「長続きの秘訣は、やっぱり言葉で愛情表現することですね。私たちですか? 私たちは——」  隣にいる彼女が、真剣な眼差しでテレビを見つめている。そういえば、以前このインフルエンサーの動画を見せてくれたことがあった。たぶんファンなのだろう。  僕は飲み物を取りに、冷蔵庫の方に向かった。テレビの内容を思い出してみる。考えてみると、彼女から「愛