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海は広いな、大きいな。【エッセイ】

 気がつくと口笛を吹いている僕は、いつものようにメロディーを奏でていた。どこで覚えたかわからない曲。それでいて、日本人は全員が知っているらしい。

 「ピーピーピー、ピピピーピー、ピーピーピーピー」

 これで分かった人は天才だ。いや、タイトルにヒントがあるのだから、これで分からない方が問題かもしれない。

 正解発表。『うみ』という題名の曲。僕はこんな曲名だとは知らなかった。あまりに単純すぎる。教えてくれたのは友達だった。そして、口笛を吹いていたとき隣にいたのが、その友達だ。

「お前さ、なんで夏の曲なの? こんな寒い日に」
「別にいいだろ。それに、この曲『うみ』っていうんだろ? 夏じゃなくたって海はあるじゃないか」
「バカだな。その曲は夏の曲なの。歌詞知らないのかよ」
「ちょっと待って。調べてみる」
 なにか大事なことを見落としてる気がしたけれど、僕は気にせずスマホに注意を向けた。

 童謡の歌詞なんて覚えてるわけがなかった。そもそも僕は、そういう”正しい”子供時代を過ごしていないわけで、この曲に限らず、童謡とか昔話をほとんど知らない。
 ここで、僕と同じように歌詞が分からない人のために、調べた結果を載せておこう。

うみは ひろいな
おおきいな
つきは のぼるし
ひがしずむ

うみは おおなみ
あおいなみ
ゆれて どこまで
つづくやら

うみに おふねを
うかばせて
いって みたいな
よそのくに

『うみ』(作詞・林柳波、作曲・井上武士)

 さあ、友達を論破するときだ。僕は、スマホの画面を友達に力強く差し出して言った。
「夏らしさなんて1ミリもないじゃん! 海は春夏秋冬、いつでも海なのさ」
「なにカッコつけてんだよ」

 そのとき、さっき感じた違和感、なにかを見落としているのではないかという疑問の答えが突然、目に入ってきた。
 それは、直前の講義で配られたレジュメだった。上のほうに記名欄がある。大抵の学生は書かないのだけれど、真面目な彼は名前を書いていた。光って見える「海」という漢字。彼の名前には「海」が入っていたのだ。

 僕は自分を責めた。そして、申し訳なさでいっぱいになる。彼はきっと、夏に生まれたのだろう。彼が大事にしていた名前を、僕は夏らしさがないなんて言ってしまったのだ。
「ごめん。名前に海が入ってるの忘れてて」
「え? それがどうした」
「海って漢字を大事にしてるんだろ? だから海は夏の代名詞だと思いたかった。違う?」
「おれ、2月生まれだけど」

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