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日記のようなもの。

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みじかくて、かんたんな、ちいさな言葉。
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記事一覧

じゃんけんと潜在意識。 【エッセイ】

 じゃんけんは、公平に物事を決めるときに用いられる。グー、チョキ、パー。この単純なルールからも分かる通り、勝つ確率は誰しもが平等である。  しかし、たまにとてつもなくじゃんけんが弱い人が現れる。  たとえば、僕だ。  じゃんけんが弱いと自覚したのは中学生のとき。所属していたソフトテニス部で練習をする前に、前衛と後衛でそれぞれじゃんけんをする。勝った人から1番、2番。同じ番号でペアを組むのだ。僕は毎回、5番だった。もちろん5人中。通算成績は15勝37敗。  こんなに負ける

「おめでとう」は悪魔の言葉。 【エッセイ】

「入学おめでとう」 「就職おめでとう」 「結婚おめでとう」  僕らの日常には、おめでとうが溢れている。 「内定おめでとう」  行きつけの美容院で、帰り際に言われた。僕は得意のつくり笑顔を披露して、「ありがとうございます」とお礼を言った。  帰り道、頭の中で「おめでとう」が繰り返されるたびに、僕はストレスを感じていた。 「おめでとう」と言うとき、僕らは相手が喜ぶだろうと信じて疑わない。本当にそうだろうか。  もちろん、祝福の気持ちを伝えるときはあるだろう。しかし、入学とか

野球解説という仕事。 【エッセイ】

 野球中継には、解説が欠かせない。……らしい。実況するアナウンサーと解説する元プロ野球選手。どちらかだけでは成立しない、支え合いの仕事だ。  3回表。0-0で迎えた1アウト満塁のチャンス。実況にも力がこもる。 「チャンスの場面ですが、どういう攻撃をしていくのがいいでしょう」 「そうですね。ここはまず1点が欲しいところです」  当たり前だ。野球をやっていて1点が欲しくない瞬間などないだろう。  7回裏。2-2の同点で打席には4番バッター。初球を見逃したあと、2球目のカーブ

特別なひと。 【エッセイ】

 誕生日というものは実にくだらない、と僕は思う。自分が生まれた日にちなんてどうでもいいし、今年の自分の誕生日も当日になって気がついたくらいだ。  恋というのは偉大である。好きな人の誕生日というだけで、一週間以上前からそわそわして落ち着かない自分がいた。会えるわけでもないのに、メッセージを送ることだけを楽しみにしている。  誕生日そのものに胸を躍らせているとは考えにくい。そうなるとおそらく、お祝いメッセージをきっかけに会話が続くことを期待しているのだろう。 「おめでとう」

売れる小説と書きたい小説。 【エッセイ】

 小説が好きだ。でも、小説が嫌いだ。  小説を書きたい。でも、小説を書きたくない。  ベストセラー小説を何冊か読んでみた。何十万部突破とか、何とか賞受賞とか、売り上げランキング第一位とか。そんなやつ。一度くらい勉強のつもりで読んでみようと思ったんだ。  つまらない。嫌い。気に食わない。そんな本ばかりだった。僕の感想は変なのだろうか。ネットで調べてみる。どこをみても大絶賛の嵐。さらに嫌になる。そうか、こういう小説が"良い"小説なのか。  読む分にはまだ許せる。自分が好きな

休むことが許されない休日。 【エッセイ】

 ベッドで寝そべる自分の顔に窓から西日が差し込んだ時、平日の憂鬱さを思い出す。ああ、また休日を無駄にしてしまった。  僕らは休日のために平日を過ごしている、と思っている。土曜日は早起きしてウォーキングに行こう。その後は読みたかった本を読む。映画を観るのもいいかもしれない。  土曜日。スマホの黒い画面に映った無気力な自分の顔を見つめる。こんなはずじゃなかったのに。もっと効率的に動きたかったのに。  充実した休日が存在するとして、それはどんなものなのだろう。やりたいことを効

学生のうちに。 【エッセイ】

 白い壁に包まれたその会議室は、洗練というより殺風景の方が相応しいと感じる。テーブルを挟んで向かい合わせで座っている男が、自己紹介を始めた。人事課長の笹原と名乗る中年の口元は笑っている。  内定通知書であったか内定承諾書であったか、僕はその違いも分からなければ、目の前に差し出された書類がどちらに該当するかも分からない。ただ、とにかく僕は今日、内定に関する書類を受け取りに来たのだった。  書類を渡すだけなのだから、数分で済むことだ。そう考えていた僕は、現在の時刻を確認すると

バッティングセンターで人生を打つ。 【エッセイ】

 ガタン。重厚な機械音が小さく響くと、少しして壁の穴から白い球が放り出された。ヘルメットを被った男の子は、振ったバットの重さに耐えられずに身体が回転してしまう。「がんばれ!」ネットの後ろから母親らしき女性が応援している。カキン。男の子は甲高い金属音を鳴らしたあと、顔に力を入れて手をぶらぶらさせた。  ベンチから腰を上げると、男は打席へと踏み出した。心臓の鼓動が男の耳を強く叩いている。この瞬間を待っていたんだ。男はネットをひらりと避けて打席に入った。バットを持って、百円玉を3

優しさの裏には、無関心。 【エッセイ】

「優しいね」「優しそうだね」  僕はよくこのようなことを言われる。小学6年生のころ、1年生から「優しいお兄さん」と言われたときは嬉しかった。  でも、僕は優しくない。誰がどうなろうと、そんなことには興味がないのだ。優しくしてるつもりもないし、そもそも人との記憶を覚えていられない。そのことに気がついたとき、優しさとは無関心だと思ったのだ。  人に興味を持とうと本に書いてあった。僕には無理だ。他人のことはどうでもいいし、自分が興味のあることで手一杯。だから相手のことは肯定して

問題視されない問題児。 【エッセイ】

 最近、中学時代の友人にばったり会った。別に何があったわけではないのだけれど、なんとなく中学校のころを思い出したので、将来の自分のために残しておこう。  優等生。それが周りから見た僕の印象だろう。当時からそういう扱われ方をしているのは感じ取っていた。僕のことを優等生だと思っていた人は、おそらくあまり仲が良くないか、表面上の付き合いだったのだろうと思う。というのも、僕は優等生とはかけ離れていたからだ。  僕の学校嫌いは、幼稚園までさかのぼる。物心がつく前から、組織や集団とい

情報洪水警報です、ただちに避難してください。 【エッセイ】

 世の中は情報にあふれている。  テレビをつければ、CMやニュース、バラエティが視覚と聴覚を占領してくる。スマホを見れば、SNSやブラウザがカスタマイズした情報で興味を誘ってくる。デジタルデバイスだけじゃない。お菓子や調味料だって、気づけば活字だらけのパッケージ。生きてるだけで、情報は僕らの脳に侵入してくる。  最近の僕は、なんだか疲れる。身体じゃなくて脳だけが。どうしてだろう。悩んだ僕は、散歩に出かけた。  近所の公園に行く。不思議と気持ちが楽になって、身体の底から活

下を向いて歩こう。 【エッセイ】

 暗いドラマが流行っている、らしい。僕自身は観たことはないのだけれど、次回予告なんかを見ていると分かる気もする。  僕は小説や映画が好きで、よく観ている。当然、好き嫌いはあって、この間まではデヴィッド・フィンチャーという監督の映画なんかが好きだった。有名なのは『ファイト・クラブ』とか『セブン』とか。  映画をそれなりに観る人なら分かると思うのだけれど、この人の作品には暗い雰囲気が漂っている。世界を斜め上から見ていて、人間ってこんなもんだよね、社会ってこんなもんだよね、って

欲しがりません、いつまでも。 【エッセイ】

 明るくなったら目を覚まし、暗くなったら布団に入る。少しの食事と少しの笑い。僕が欲しいのはこれだけで。車も時計もいらないし、地位も名誉も投げ捨てる。そういう僕は、贅沢ですか?  ただ生きること、それだけが、こんなにも辛いことなんて。こんな世界、狂ってる。僕は自由が欲しいだけ。なのに大人は傲慢で、いつでもどこでも追いかけてくる。逃げろ、逃げろ。頭の中で鳴り響く。  周りを見れば、みんな真面目で。自分を殺して生きている。嫌じゃないの? そりゃ嫌だよ。だったら今すぐ辞めたらいい

マイクロフォンの中から。 【エッセイ】

「お腹痛いのでトイレ行ってきていいですか」  アインシュタインのような髪をした白衣の男は、見た目通り物理の先生だった。黒板には有名大学の過去問が書かれている。「ああ、どうぞ」  高校三年生の12月、窓の外は白く染まっていた。学ランの内ポケットに薄い硬さを感じながら、僕はそっとドアを開ける。  授業中のトイレは静かだった。すぐ隣の教室から、先生の声が聞こえる。英語だ。なるほど、選択肢を先に読むと良いらしい。  僕は個室に入って、スマホとイヤホンを取り出した。気がつくとYo