一時期演じられていなかった幻の落語とは?【多田修の落語寺・お文さん】
大阪・船場(大阪市中央区)のある店先に、赤ん坊が捨てられていました。その商家の若旦那夫婦には子どもがいないため、その捨て子を若旦那夫婦の子として育てることにして、乳母を雇います。その乳母が、お文さん。実は、若旦那とお文さん、そして捨て子の間には秘密があり、丁稚の定吉がその秘密を知ります。定吉は口止めされるのですが……。
題の「お文さん」は、乳母の名前と、オチ近くで若旦那が仏間で読む「白骨の御文章(御文)」をかけています。
「白骨の御文章」とは、本願寺第八代・蓮如上人が書かれた手紙(御文章)の一つです。その内容は、元気な人も何かのきっかけがあればあっという間に命が終わってしまうのだから、息絶えた後のことを心がけて、阿弥陀仏をより所としてお念仏を称えるよう勧めています。
話の舞台になっている船場は東西本願寺の別院に近く、商人が「本願寺の鐘が聞こえるところで商売がしたい」と店を開いてできた町です。そのため住人のほとんどが真宗門徒でした。蓮如上人の御文章がオチにつながるのは、浄土真宗が根付いた土地ならではの演出です。船場はかつて大店が多く、現在もビジネス街です。
落語「お文さん」は、一時期だれも演じていなかったのですが、五代目桂文枝師匠の残したネタ本をもとに、釈徹宗氏(現・相愛大学学長)が手を加え、六代目笑福亭松喬師匠が口演することで復活しました。徐々にですが演じ手が増えています。
多田 修(ただ・おさむ)
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、龍谷大学大学院博士課程仏教学専攻単位取得。現在、浄土真宗本願寺派真光寺住職、東京仏教学院講師。大学時代に落語研究会に所属。