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他人のために尽力することは、自分を高めること 【多田修の落語寺】
落語は仏教の説法から始まりました。だから落語には、仏教に縁の深い話がいろいろあります。このコラムでは、そんな落語と仏教の関係を紹介していきます。今回の演題は「ねずみ」です。
名工の左甚五郎が仙台にやって来ました。泊とまったのは鼠屋という貧しい宿屋。その主人は、元は向かいの大きな宿屋・虎屋の主人だったのですが、妻を亡くした後、後妻と番頭の策略により追い出されてしまいました。
甚五郎はそれを聞くと、木彫りのネズミを作って店先に置き、宿を発ちます。そのネズミに命が宿り、動くことができるので評判になって鼠屋は大繁盛。虎屋は悔しくなって虎の彫刻を店先に飾ると、鼠屋のネズミが怖がって動かなくなりました。
仙台を再訪した甚五郎は、虎の彫刻が下手なことにあきれます。そして鼠屋のネズミに、あの虎がなぜ怖いのか聞いたら「あれは虎ですか? 猫だと思った」。
なぜ甚五郎が仙台に来たのか、落語では明かされていません。しかし、仙台から近い松島の瑞巌寺には、左甚五郎作と伝わる彫刻「葡萄に栗鼠」があります(栗鼠とはリスのこと)。仙台に来たのは、この仕事のためかもしれません。
瑞巌寺は平安初期の創建とされ、一時期は衰えていましたが、江戸初期に伊達政宗によって復興し、伊達家の菩提寺となりました。なお、瑞巌寺は東日本大震災のとき、住民や観光客の避難所となりました。
左甚五郎の出てくる落語はいくつかありますが、多くの場合、甚五郎だと周りにわかるのは作品を作り終わった後です。
でもこの落語では、自分が甚五郎だと名のってネズミを作り始めます。自分の名声を鼠屋のために使ったのです。自分の力を他人のために使うことは、自分をさらに高めることになります。
『ねずみ』を楽しみたい人へ、おすすめの一枚
三代目桂三木助師匠のCD「NHK落語名人選60桂三木助 ねずみ/長短」(ポリドール)をご紹介します(今の三木助師匠は五代目です)。左甚五郎が、世間の評判を気にかけない飄々とした人物に描かれています。
多田 修(ただ・おさむ)
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、龍谷大学大学院博士課程仏教学専攻単位取得。現在、浄土真宗本願寺派真光寺住職、東京仏教学院講師。大学時代に落語研究会に所属。