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パニック障害やPMSを抱える二人が、たどり着いた「安心」とは。僧侶が読み解く映画『夜明けのすべて』
「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な映画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。
第107回「夜明けのすべて」
三宅唱監督
2024年日本作品
大きな事件はひとつも起こりません。それなのに余韻の深さと長さが半端ありません。
時代は現代。栗田科学という、子ども向けの科学教材を作っている会社に勤める2人が物語の中心です。いつも周りに気配りをする藤沢美沙は、PMS(月経前症候群)のため、時に怒りの感情を制御できなくなり、前の職場に居づらくなって転職しここにいます。コンサルティング会社の最前線にいた山添孝俊は、突然にパニック障害を発症して電車にも乗れなくなり、栗田科学へ移ってきたのです。2人を採用した栗田科学がなんとも素敵。
ある社員は「御社の良いところは」と問われて、「なんだろうねえ。いざ聞かれるとちょっと難しいなあ」と困惑しています。余計な力がないのです。そんな中で、それぞれの傷を抱きながら黙々と仕事をする2人の心がゆっくりと変化をしていきます。意図せずに。2人は、プラネタリウムの出張授業用に台本作りへ取り組みます。
「今私たちが見ているのは、(オリオン座の星)ベテルギウスが500年前に発した光です。遠く離れた過去の光なのに、見上げればすぐ近くに感じる。夜空の星ってなんだかちょっと、良いヤツじゃありませんか」
「(うみへび座の星)アルファルドは『孤独な者』という意味です。周りに明るい星がいないので、ちょっと寂しそうでしょ。でも、よく目立つので、昔の船乗りは旅の目印にしていたそうです。遠くの誰かに頼りにされていると知ったら、きっと、アルファルドも喜びますね」
2人の間に生まれたのは、恋愛や友情とは違うようです。あえて言えば「安心」。それは阿弥陀さまが導いてくださる「救い」にとても近い気がします。
松本智量(まつもと ちりょう)
1960年、東京生まれ。龍谷大学文学部卒業。浄土真宗本願寺派延立寺住職、本願寺派布教使。自死・自殺に向き合う僧侶の会事務局長。認定NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長。