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夢は森のパン屋さん

図書館の予約棚に並んだ本の背表紙を、ウサギはさっきからじっと見つめていた。
「今、こういう本が読まれているのね」

ウサギの視線がふと止まった。その先には一冊の絵本があった。「『パンどろぼう』……なんだか、気になるわね」と、彼女は呟いた。どこか懐かしくて、不思議な温かさが、そのタイトルに漂っていた。

その時、偶然カメがそばを通りかかった。
「その絵本、面白いよ。これからその世界に行ってみようよ」と、カメは彼女を誘った。

二人が松屋銀座の「パンどろぼう」展に辿り着くと、そこには長い列ができていた。
「二時間も待つなんて、すごい人気ね」と、ウサギは驚きの声をあげた。

ようやく順番が来て、二人は会場に足を踏み入れた。「ぱんだパンに、さるパン…どれも美味しそう。私ね、子どもの頃、パン屋さんになりたかったの」と、ウサギが言った。

「もりのパンや」

「でも、このパン屋さんのパン、本当は美味しくないのね。そういうお話なの?」と、ウサギは瞳を曇らせてカメを見つめた。

「まずい」

「ここからが物語の始まりだよ。不味いパンを食べた『パンどろぼう』は、心を入れ替えて、世界一のパン屋さんを目指すんだ」と、カメは穏やかに答えた。

それまでは「どろぼう」だった

「パンへの愛がパンどろぼうを変えたのね。それって素敵だわ。ちょっと待って! パンどろぼうって、おにぎりだったの?」と、ウサギは急にカメの方を振り返った。

おにぎり一家の息子だった!

カメは、にわかに表情を曇らせた。
「知らなかったよ。なんて衝撃的なんだ…」

カメの手をそっと引いて、ウサギは一歩前へと進んだ。「ねえ、見て! あそこに可愛いパン屋さんの車があるわ。パンをいっぱい積んで、みんなに届けに行けたら、すごく楽しいと思わない?」彼女の声には、子どもの頃の無邪気な夢が込められていた。

「パンどろぼうの本を予約しなくっちゃ」
展示会を後にして、少しだけ現実に戻りながら、ウサギはそっと呟いた。それぞれの思いを胸に、二人は図書館へと帰っていった。

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