月星真夜(つきぼしまよ)
図書館の書架から始まる物語
本の世界から始まる物語
甘い食べ物から始まる物語
ウサギのラジオ番組から始まる物語
はーい、みなさん! 私、ウサギです。 久しぶりだから、ちょっとだけ自己紹介してみようかな、なんて思っています。 実はね、この世界にやってきてから、今日でちょうど一年なんです。 こんなに長くここにいるなんて、正直、全然想像していませんでした。 一日は風のように過ぎていくのに、一年はこんなにも長いものなんだなって、その不思議さに心がふわりと揺れています。 思えば、寒い冬を乗り越え、暖かな春を満喫し、長く続いた夏を思いきり楽しんで、気づけばもう秋も終わりかけています。 これ
その日、ウサギは図書館の分類番号597の書架の前で、ページをめくりながら、小さなため息をついていた。「こんな風に、お洒落に暮らしたいんだけどね…」 そのつぶやきが、ちょうど通りかかったカメの耳にふわりと届いた。「生活空間のデザインに興味があるなら、ちょうど今、面白い展覧会をやっているよ」 カメは穏やかな声で、そっとウサギを誘った。 「コンランは、ホームスタイリングを提案するショップ『ハビタ』からデザインを始めたんだね」カメは静かに展示を眺めた。 「ハビタは、ただ物を売る
その日、図書館の分類番号471の書架の前で、ウサギは本の表紙を見つめていた。 「旅をしたがる草木の実ってどういうこと?旅に出たいのは私なのに…」 「草木の実はね、この季節になると旅に出るんだよ」 そばを通りかかったカメが、そっと声をかける。「どういうことか知りたいなら、いい場所があるよ。行ってみない?」 二人が訪れたのは、都会の中にひっそりと息づく自然の森、「自然教育園」だった。「たんけんマップ」を手にしたウサギは、カメと一緒に晩秋の森へと足を踏み入れる。足元で落ち葉がカ
その日、ウサギは図書館の閲覧席で一冊の本をじっと見つめていた。最初は少しすました表情でページをめくっていたが、やがて小さな笑みがこぼれ、次第にその瞳にうっとりとした輝きが宿り始めた。 カメが静かにそばを通り過ぎようとしたその瞬間、ウサギはふと顔を上げ、カメだけに聞こえるような声でぽつりと呟いた。 「私、お姫様になりたいの」 「あれあれ、また『おひめさまようちえん』を読んでたんだね」カメは肩をすくめながらも、柔らかく微笑んだ。 次の日、二人は風を切るように高速道路を走って
その夜、ウサギは眠る前に小さな本棚を覗き込んで、一冊の絵本を手に取った。 「夢の中でお姫様になりたいなら、この本が必要ね」そう呟くと、ふわりとベッドに体を投げ出し、最初のページをそっと開いた。 「いいなあ。近所にお城みたいな幼稚園があるなんて!」ウサギは絵を眺めながら無邪気に笑った。「私もアンみたいにピンクのフリフリのドレスを着て、青いハートの宝石を胸に飾ってみたいなぁ」 小さな女の子、アンは、手のひらの上で金色の泥団子をころころと転がしていたかと思えば、次の瞬間にはダイ
その日、ウサギは図書館の分類番号443.8の書架の前で立ち止まった。星座の本を手に取り、ふと思う。「今夜はどんな星座が浮かんでいるのかしら」小さなつぶやきは、静寂に包まれた空間の中へそっと溶け込んでいった。 その姿を見守っていたカメは、歩み寄ると柔らかな声で話しかけた。 「星座を眺めるなら、天文台がいいかもしれないね」 その一言は、ウサギの心に優しく響いた。 よく晴れた日、二人を乗せた車は、紅葉に染まる道を駆け抜けていた。 「ねえ、優しい音が聞こえるわ」 車はいつの間に
独り歩くウサギは、気づけば神宮外苑へと足を向けていた。いつも隣で微笑んでいるはずの人が、今日はそこにいない。足元で落ち葉がカサリと音を立て、その音がいつもより少し大きく胸に響いていた。 「寒いわね」 冬の匂いを含んだ風が、容赦なく体の熱を奪っていく。思わずポケットに手を差し込むと、視界の先に銀杏並木が見えてくる。 銀杏並木を背景にして、女の子たちが楽しそうにポーズをとっている。その風景をぼんやりと眺めているうちに、ふとカメから届いたメッセージを思い出した。 「急に外せな
「おはようございます!『ウサギのティースプーン』のお時間です」小さなラジオブースの中で、ウサギはいつものように元気な声で番組を始めた。 「さて、ここでラジオネーム『図書館にこもり切りのカメさん』からの質問をご紹介します。『ウサギさんは、最近ライブに足を運んでいますか?』といただいています」 「 実は私、先日、東京ドームに行ってきたんです。YOASOBIの結成5周年コンサートがあったんですよね」ウサギはマイクに向かって楽しげに話し始めた。 「本日の1曲目は、YOASOBI
その夜、ウサギは慌ただしく家に帰ると、まっすぐ小さな本棚へと向かい、迷うことなく一冊の本を引き抜いた。 「もう、物語の続きを知りたくてたまらないの…」まるで一瞬たりとも無駄にしたくないかのように、その場に腰をおろし、栞が挟まれたページをそっと開いた。 物語の中ではちょうど今、小さなモモが灰色の男たちに追われ、カメのカシオペイアと逃避行の真っ最中。「逃げて…!」とウサギは小さく叫び、気づけばすっかり物語の世界に飲み込まれていた。 街の人々から時間を奪っているのは、灰色の葉巻
秋の夕日がゆっくりと沈む頃、ウサギは胸いっぱいに甘い予感を抱きながら、武蔵小山駅に辿り着いた。 「秋といえば、やっぱり栗よね。今日は絶対に栗にしようって決めてたの!」 お目当てのお店にたどり着き、そっと中を覗き込むと、まるで小さな舞台のように、眩い光がテーブルを優美に照らし出していた。 「なにかの取材かしら?」 ウサギは少し戸惑いながらも、入口のドアをくぐった。照明の集まったテーブルの隣に、まるで彼女を待っていたかのように、一つだけぽつんと席が空いていた。 ウサギはスマ
「ここって、競馬場なのよね?」 ウサギは入場ゲートに煌めくイルミネーションを見上げながら小さく首をかしげた。 「まるで夢の世界へ続く入口みたいだわ…」 「競馬場って、ギャンブルの場所って思われがちだけど、ウマ娘とのコラボがあったり、子どもが遊べるコーナーもあるんだよ」と、カメは静かに話した。 「この競馬場は1周1600メートルあって、左右どちらからでも回れる、世界で唯一のコースなんだ」スタンドにたどり着いたカメは、前方をそっと指さした。 「1600メートルって、400メ
その夜、ウサギとカメは雨の横浜中華街を、傘を寄せ合うようにして歩いていた。 「大桟橋から見る海は素敵だし、山手の洋館も魅了的だけれど、この季節は中華街が一番だと思うの」 ウサギの言葉が雨に溶けるように消えていくと、カメが不思議そうに彼女の顔を見つめた。「寒くなってくるとね、不思議と温かい食べものに心が惹かれてしまうのよ」 「よく誤解されるけど、私、ラーメン以外だってちゃんと食べるのよ。今日何を食べるかはまだ秘密だけどね」ウサギは一瞬カメに瞳を向けると、足元の水たまりを軽や
「こっちよ、もう少し!」 ウサギはカメに手を振った。少し遅れ気味だったカメがようやく追いつくと、目の前に秋の日差しに照らされたふたつの大きなさつまいもが並んでいるのが見えた。 「イモプロジェクトって、なんだか素敵な名前ね」ウサギは白いテントへ飛び込んだ。そこには東大の学生たちが手がけた展示が広がっていて、彼女は一つ一つをじっくりと見つめていった。 「さつまいもに興味があるんですか?」 学生がウサギに声をかけてきた。 「僕、お芋が大好きなんです。いつか研究者になって、情熱の
その朝、目を覚ましたウサギは、ふと耳を澄ませた。外から聞こえてくる車の音が、水たまりを跳ねる音と溶け合っている。彼女にはすぐにわかった。今朝は、しとしとと雨が降っているのだと。 ウサギは小さく背伸びをしながら、そっとカーテンを開けた。空からまっすぐに降り注ぐ雨粒をじっと見つめていると、小さな吐息が窓を曇らせた。 「雨が降ると、思い出す本があるのよね」 ウサギは小さな本棚に目を向けた。 「こんな雨の日は、物語の世界にいくのも悪くないわね…」そう呟くと、一冊の本をそっと手に取
観覧車から見下ろしていた夜景の中へと降り立ったウサギとカメは、甘い余韻に包まれながら、そっと光の中を歩き出した。 静まり返った空気の中、ふと耳に届く軽やかなリズム。その音色に導かれるように、二人の足は自然とアクアエリアへと向かっていた。 「あんなに賑やかだったプールも、今はこんなに静かで、なんだか切ないわ……」と、ウサギは小さく息を漏らした。 「でも、ほら、見てごらん。回転する噴水、まるでひまわりみたいに見えない?あの楽しかった夏を思い出すよね」とカメが言うと、彼女はそ
「ねえ、見せたいものって何?」 ウサギは首をかしげながら、カメの目をまっすぐに見つめた。「もしかして、イルミネーションが始まったの?」ウサギの問いかけにカメが頷くと、彼女の瞳は夜空に小さな星が瞬くように、きらりと輝きを帯びた。 「いつのまにか、そんな季節なのね」 ふと顔を上げたウサギの目の前に、キラキラと眩しく輝く遊園地が広がっていた。 ウサギは胸の高鳴りを抑えきれないまま、煌めく景色に視線を注いでいた。ふと観覧車を見上げると、小さく首を傾げた。 「あれ、観覧車が二つに見