平壌を絨毯爆撃せよ
「めぐみへの手紙 拉致46年 一目でも、声だけでも…母の願い」
(産經新聞)
我々日本国民は憲法を改正せねばならない。
「憲法改正」
これは一種の妥協案である。
本来であれば、今のGHQ憲法と言うべき駄文はさっさと破棄し、一から日本人の手によって日本人の為の憲法を構築しなければならない。
これの妥協案がGHQ憲法の改正なのか。
それは違う。
それよりも先に妥協案Aとして、大日本帝国憲法を戻す事を模索しなければならない。
これに対し、必要な箇所に修正を加えれば良い。
「憲法改正」
テレビや新聞で取り上げられるコレは、いわゆるGHQ憲法を改正する事を指す。
これは妥協案Aに対しての更なる妥協案である。つまり、妥協案Bという事になる。
日本が自衛の出来る国になる事に対し、最早一刻の猶予も無い。
必要最低限の「改正」だけでもさっさと実行し、日本は自衛の出来る国にならなければならない。
我らが日本は自衛の出来る国にならねばならない。
自衛の出来る国とは即ち、国として必要最低限の条件を満たすという事である。
自衛とは何か。
それは、日本にとっての外敵を殲滅する事を言う。
外敵を殲滅するとはどういう事か。
それは、殲滅する過程において相手を降伏せしめる事も含む。
その為に必要なのは圧倒的な武力である。
武力強化こそ、我らが日本において喫緊の課題である。
国とは何か。
それは、国民、領土、主権によって成るものである。
「国民」
本投稿ではこれに焦点を当てたい。
我らが日本は同胞を北朝鮮に拉致されている。
国際社会という世界が、暴力とプロパガンダに支配された、教師不在の小学校同然の世界である事を加味すれば、人は国に帰属するしかない。
従って、国を構成する要素の一つであるところの国民が他国に拉致されたとあっては、奪還しないなどという選択肢は存在しない。
拉致被害者を奪還する為に必要なものとは何か。
それは、何としても奪還するという強い意志である。
それは、その様な意思を日本国民全員が共通認識として持つ事である。
それは、拉致した敵国を地球上から消滅させてでも成し遂げるという覚悟である。
それは、敵国を10回くらい殲滅出来る程の圧倒的な武力である。
それは、国というものの存在意義を理解する事である。
北朝鮮というのは経済弱小国である。
武力というのは、やる気さえあれば後は経済力次第である。経済力向上と武力増強の為に、日本は以下に挙げた項目を実施しなければならない。
一つ。有害な規制を撤廃し、自由闊達な経済を推進せよ。
一つ。所得再分配を悪と断じ、決してこれを許すな。
一つ。パリ協定から脱退し、脱・脱炭素に邁進せよ。
一つ。SDGsを共産主義者の橋頭保と断定し、日本から排斥せよ。
一つ。国民(強制)年金制度を段階的に縮小し、完全撤廃を目指すべし。
一つ。国民(強制)健康保険制度を段階的に縮小し、医療の完全自由化及び完全民営化を実現すべし。
一つ。教育の完全自由化を実現せよ。
一つ。体罰は暴力とは違うと認めよ。
一つ。LGBTは病気である事を理解せよ。
一つ。自衛する国・イスラエルを見習え。
一つ。国連から脱退せよ。
一つ。イスラムを日本から排斥せよ。
一つ。京成線に中国語やハングル文字で案内表記する事を止めさせろ。(※補足①)
一つ。米国共和党のMAGAと連携し、米国世論を動かせ。(左翼メディア風に言うと、右傾化させよ。)
一つ。中国や北朝鮮や南朝鮮への謝罪を撤回せよ。
これらを実現出来れば、北朝鮮を10回どころか100回くらい跡形も無く消滅させられる程の武力を配備する事は、決して非現実的な話では無い。
日本はこれまでに、拉致被害者の「返還」を果たすべく北朝鮮と交渉を重ねてきた。
もうそろそろ気が付かなければならない。「交渉」では絶対に拉致被害者を取り戻すことは出来ないと。
取り戻す方法は唯一つ。
「返還」してもらうのでは無い。「奪還」する事である。「奪還」には、「もう拉致被害者を返還するしか無い・・・」と北朝鮮に理解させる事も含む。
イスラエルが親イラン米国バイデン政権の停戦要求に耳を貸さず、ガザ地区内の病院や学校や救急車の車列を攻撃するように、我々日本人は平壌を絨毯爆撃しなければならない。
巡航ミサイルで北朝鮮の重点拠点を沈黙せしめ、都市部に対する空爆及び地上戦による掃討作戦によって、軍人・政治家・民間人問わず、無差別に北朝鮮人を殺傷せよという事である。
日本政府は日本国民を守る義務がある。
日本政府には北朝鮮国民を守る義務は無い。
北朝鮮政府には北朝鮮国民を守る義務がある。
北朝鮮政府には日本国民を守る義務は無い。
日本政府には日本国民の人権を侵害する権利は無いし、北朝鮮国民の人権を侵害する権利も無い。
北朝鮮政府には北朝鮮国民の人権を侵害する権利は無いし、日本国民の人権を侵害する権利も無い。
以上の理由から、何の権利も無いクセに日本国民の人権を侵害した北朝鮮政府は、日本にとって敵である。
では、日本が日本国民の人権を侵害した北朝鮮を叩くのに、北朝鮮国民を殺傷(=人権侵害の一種)する事は良いのか。
良いのである。
日本政府の義務は第一に日本国民を守る事である。だから日本政府は先ず第一に北朝鮮政府を叩かなければならない。
その過程において重要なのは、日本国民の一員たる日本軍の兵士が可能な限り殺傷されない様な方法を選択する事であって、北朝鮮国民を殺傷しない様にする事では無い。
日本軍が反撃するのは倫理・道徳の観点から当然な訳で、北朝鮮国民がそういった事象の巻き添えにならない様配慮するのは、北朝鮮政府の役割である。
日本軍は自軍の安全確保という観点から、北朝鮮人を発見次第殺傷する必要がある。
北朝鮮政府はその事を十分理解した上で、北朝鮮国民が日本軍に殺されない様にせねばならない。拉致を認め、謝罪し、拉致事件の全貌を日本側が十分納得する形で詳らかにし、存命している方々を全員返還し、多額の賠償金を支払い、提示された全ての制裁条項を受け入れる事も、「北朝鮮政府が北朝鮮国民を極力死なせない為の方法」の一つである。
こういった武力行使無くして、日本は拉致被害者の返還を果たせるか。
果たせる訳が無い。
北朝鮮にとってみれば、拉致被害者を返還する、或いは拉致事件の全貌を詳らかにする行為にはデメリットしかなく、メリットはゼロだからである。メリットと言うと、例えば返還を匂わせておいて経済援助してもらうとか・・・。
従って、我々日本国民は拉致被害者の奪還に当たり、武力行使も辞さない覚悟を持たねばならない。
その覚悟を持たないという事は、例えば横田さんの様な境遇の方に、「娘さんのことは諦めて下さい」と宣言するに等しい。
実際に武力衝突に至る可能性はあるか。
それは、日本と北朝鮮の戦力差次第である。
日本が北朝鮮を100回くらい消滅させられる武力を保有しておれば、その様な武力を背景に「交渉」するだけで、拉致被害者の「返還」は果たせるかもしれない。
圧倒的な戦力差に怖気付いた金正恩自ら、「いやいやホント申し訳ない(汗) 国内の調査が不十分で、こちらとしては解決したと思っていた拉致被害者の方々が、まだ多数残っていた(大汗) いや、ホントに申し訳ない(涙) orz」などと言って、穏便に収めようとするかも知れない。
武力というものは強力であればある程良い。
横田早紀江さんの無念はいかばかりのものか。
めぐみさんはどの様な形で早紀江さんの前から姿を消したのか。
交通事故で死亡したのでも無い。登山で行方不明になったのでも無い。無差別殺人の巻き添えになったのでも無い。偶々乗っていた飛行機が墜落したのでも無い。強盗殺人に遭ったのでも無い。病で早世されたのでも無い。思い悩み、自ら命を絶ってしまわれたのでも無い。何の脈絡もなく突然姿を消したのでも無い。
拉致され、拉致した相手が裁かれもせず、何なら裁かれるべき相手が、「コレがアナタの娘サンの骨だ」などと別人の遺骨を押し付けてくる。
どれ程の無念か、どれ程の怒りか、どれ程の悲しみか、同じ境遇に無い我々が理解する事など、到底不可能である。
だからこそ、せめて、我々日本国民は正しく在らねばならない。
「正しく在ること」とは何か。
それは、我々日本人は日本という国が存在するからこそ、人権を保証されるという事実を知ること。
そして、日本という国を成す要素を正しく理解し、尊重すること。
だから、「日本人」という日本を構成する一要素が害されたならば、国民一丸となって戦う覚悟を持つこと。
これが「正しく在る」という事である。
我々は「正しく在る」為に、平壌を絨毯爆撃する覚悟を持たねばならない。
※補足①:京成線の中国語やハングル文字の案内
この項目はほんの少しだけ私の感情が入っている。
私は京成線に乗る事があるが、社内のディスプレイで英語の案内が出るのは良いとしても、中国語やハングル文字で案内が出るのは本当にうざったい。
日本語と英語だけで良い。