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山の神様に会いに行く その2 大丈夫と美富豊(ますらをとみほと) 第三話
「田畑を潤す、恵みの雨が、もっと、降りますように・・・」
「あれえ、今日も、お供物を作ってなさるのかい?」
「そう、日照り続きになりそうだから、先周りして、山の神様にお願いしに行くの」
「偉い巫女様だ、美富豊様は」
前の祭事から、十日しか経っていないが、理由を見つけて、また、山に供物を捧げに、美富豊は出かけた。
今度は、籠に、餅と野菜の他に、少し手をかけて設えた手弁当を入れた。
それと、産鉄民から譲ってもらった、髪切りや髭そりの時に使う刃を布に包んで、よく養生した上、籠に入れた。
新しい布。男子の遣う、褌の布も用意した。
「山の神様は男神様、何でも、必要なものは、お供物にして、差し上げるように、と思って」
「まあ、ご馳走だけではないの」
里人には、感心された。
いつもの山の堺に来ると、来るのが解っていたのか、大丈夫が立っていた。
領巾を腰に巻いていてくれたが、渡した時の、綺麗なままだ。
ああ、恐らく、普段はつけていないに違いないと思った。
「ますらお」
彼は、頷いた。嬉しそうに、また、喉を鳴らしている。
「ますらおは、子犬みたいに、可愛い声を出すのね」
また、首を傾げている。
「今日は、お供物を置いて、謡をしたら、その下の川に行くから、一緒に来てくれる?」
不思議そうな顔をしながら、大丈夫は、頷いた。
そして、いつも通りの儀式を済ませ、二人で、傍の川へ降りた。
「そうねえ、ここに座って」
大丈夫は、美富豊の言う通りに、川岸の大きな岩に腰かけた。
足元には、水が溜まっていた。
籠の中から、美富豊が、鉄の刃を取りだした。
大丈夫は、驚いた様子だ。
「ねえ、見て、水の中、ほら」
大丈夫は、言われた通り、水を覗く。
「これ、写ってるの、ますらおの顔だよ」
少し、驚いた顔をして、彼は、自身を見下ろした。
「毛むくじゃらだと、お顔が解らないから、お髭を剃って、あと、もじゃもじゃの髪も、少し削いで、切ったらいいんじゃないかなって・・・あああ、怖くないから。傷つけない。だから、動かないで」
美富豊は、家族で、互いに、髪を削いだりしたことがあるので、これには、慣れていた。
「まずね、このお髭の長いとこ、痛くないよ」
刃で、毛先を切ってみせた。
「ね?」
手から離れ落ちた髭を見て、少し驚いた様子だったが、大丈夫は、頷いた。
散髪と髭剃りに応じるつもりになったらしい。
ものの十分程で、大方の髪の毛を削いで整え、髭は綺麗に、剃ってやった。
「わあ・・・」
あれ・・・?
眞白に似ているな、やっぱり、なんとなく・・・。
髪を削ぐと、スッキリした感じになった。
大丈夫は、腰に巻いた領巾を外し、川に入り、潜った。
頭を洗うようにして、顔も両手で擦ってみた。
「ああ、全然、違う。とっても、良くなった。綺麗に、顔がよく見えるよ、ますらお」
うーん、眞白に似ているけど、眞白より、なんというか、・・・美丈夫だ。
「ますらおは、大丈夫で、美丈夫だわ」
散髪と髭剃りで、すっきりした大丈夫だったが、いつものように、首を捻った。
ついでに、その顔が、笑顔なのが、よく解った。
島の男の中で、こんな男の人はいないなあ・・・そう、美富豊は思った。
「あああ、そうそう、身体まで浸かって、綺麗になったなら」
ちょっと、憚りながらも、美富豊は、大丈夫に、新しい布で褌を付けさせた。
不思議そうにしていたが、つけ方を教えて手伝うと、器用に、背中で、それを縛った。
「はい、これで、ひと安心だわ」
すると、今まで、腰に巻いていた領巾を手に抱えたままでいる。
「ああ、それ」
抱き締めるような仕草をしているので、美富豊は尋ねた。
「気に入ったの?」
頷いて、頬ずりをしている。
また、喉の奥で、キュイーンと声がなる。
「まあ、いいわ。引き続き、それも使っていいわ。あげるから」
顔を赤らめて、喜んでいるのが解った。
えー、こんな表情するんだあ・・・。
自分より背が高い、男の人に対して、可愛いと感じてしまった。
眞白には、そんなこと、思ったことはないな・・・
美富豊は、そう思った。
「後ね、これ、作ってきたから、良かったら、食べてね」
手弁当を広げると、ゆっくり近づいて、臭いを嗅ぐ。
本当に、犬みたいだね、まさか・・・。
そのまさかだった。
大丈夫は、そのまま、包みの中に顔を突っ込んで、手を遣わずに、その中身を食べ出した。
「あああ、嘘ぉ・・・ますらお、待って・・・」
顔を上げた、彼の口の周りは、案の定、汚れてしまっている。
「うーんと・・・これは、握り飯だから、手で持って、こうやってね、食べるの」
半分潰れかけた、握り飯を手に持たせた。
すると、口に押し込んだ。まるで、小さな子どものようだ。
「ますらおは、いくつ?何歳になったの?」
また、首を捻っている。
解らないのかなあ・・・。恐らく、自分とあまり変わらない。
ひょっとしたら、年上かな?
美富豊は、色々と思った。
でも、なんで、こんななのだろう?親はどうしたのか?
なんで、山にいるのか?
人の生活から、きっと離れて、狼たちと暮してきたのだろう・・・
大丈夫は、やっぱり、山の神様かもしれない。
人としての言葉は、名前を発しただけで、でも、話していることは、なんとなく、伝わっている様子だ。
今まで、ずっと、そんな暮らしだったのかな?
美富豊は、大丈夫の身の上が気になってきた。
「もっと、お喋り、できないのかな?」
大丈夫は、美富豊を見つめる。
ニコニコとしてみせているようだ。
そして、首をまた捻る。
少し、何か、考えているようだ。
「ん、まい」
「え?」
首をブンブンと、横に振ると、また、キュイーンと喉を鳴らす。
すると、美富豊の肩に、遠慮がちに、頭を擦り寄せてきた。
照れているように見えた。
やだ、本当に、犬みたい・・・でも、可愛いかも。
「あー、ん、まい、って、美味しいってこと?」
大丈夫は、嬉しそうに、大きく、頷いた。
その後、手を舐め始めた。
本当に、犬や猫の仕草のようだ。
「少し、お話できるんだね」
そうか、一人でいたら、話をすることもないから、言葉が・・・、
その代わり、さっきから、喉鳴らしたり、擦り寄ったり・・・
動物の挨拶みたいなの、してるのかもね・・・。
「ねえ、また、色々と持ってくるからね。遅くなると、また、迎えの者が来てしまうかも」
大丈夫は、少し、寂しそうな顔をした。
「また、来るからね」
美富豊は、帰るのが、少し、憚られた気分になっていた。
その実、三月も経たない内に、美富豊は、眞白の元に嫁ぐことが決まっていた。
そしたら、巫女として、山に供物を運ぶ役割も、終わってしまう・・・、そうすると、もう、大丈夫に会えないかもしれない。
このことを、大丈夫に伝えるべきなのか、それも、美富豊には解らなかった。
山奥で、山犬や、狼と仲良くなったのにも近いが、かといって、全て、そんな感じではない。
どうしたら、いいのかな・・・?
大丈夫は、人なのだから、里で暮すべきなのではないのかな?
そんな考えも過ってくる。
「じゃあ、そろそろ、帰るね」
ハッとしたように、大丈夫は慌てて、叢に走り込んだ。
また、隠してあったのか、例の桃と、川魚を背負い籠に入れてくれた。
「ありがとう。いつも、こんなにいいものを。やっぱり、|ますらおは、山の神様なんだわ」
すると、また、首を捻りながら、微笑んだ。
大丈夫は、美富豊を見送るように、下り坂をついてきた。
里が見える所まで来ると、大丈夫は、立ち止まって、じっと、それを見つめた。
美富豊は、その表情が、少し、変わった気がした。
里を見つめる、大丈夫の顔は、山の中で振る舞う、無邪気な感じではなく、むしろ、より、人の、その感じに近くなった。
「ここで、いいわ」
すると、大丈夫は、「うん」と、大きく頷き、踵を返して、来た道を走って、引き返していった。
美富豊は、手を振ってやろうとしたが、それを止めた。
大丈夫が、振り向いて、それを見ることはないだろう、ということは、当然、解っていたからだ。
みとぎやの小説・連載中
大丈夫と美富豊 第三話
読んで頂き、ありがとうございます。
よろしかったら、冒頭からも、御覧下さい。
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