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あの頃、出会い 前編          ~艶楽の徒然なる儘 第九話

「泣き虫は、変わんないね。ちっさい時からね。ふふふ・・・」

 出会った頃みたいに、艶楽師匠は、あっしの頭を撫でた。
 何かと、敏感な役者の心持・・・っていえば、カッコいいかもしれませんが・・・
 まぁ、それにね、男が泣くなんて、みっともねえって、思われるかもしれませんが・・・

 思えば、何度も、そんなこと、あったよなぁ・・・。

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  あの頃、まだ、幼かった頃のこと。
  北の雪深い山奥から、丁稚奉公の為、あっしが、叔父に連れられて、この城下町にやってきた頃のこと。

 ここは、華やかな街並みで、雪と田舎の風景だけ、見て暮らしてきたあっしにとっては、目を見張るものばっかりで。

 あれは、桜が満開で、もう散り始めた頃だったなぁ。今なら、珍しくもねぇんだが、あの時はね、見るもの、効くもの、全部、珍しくてさ。

 奉公先の紺屋に行く約束の前に、叔父は、色とりどりの旗がひらめく、城下で一等、華やかな所に、あっしを連れてきた。

 「真菰まこも座」と看板の掲げられた、その建物は、あの頃のあっしにとっては、大きくて、立派だった。

「ケン、見てこうか」

 そこは、初めて見る、芝居小屋というものだった。

 色鮮やかな衣装と、舞台狭しと立ち回り、時には笑わし、時には泣かせるという、芝居の世界に、一気に、引き込まれたのを覚えている。

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 紺屋で、丁稚奉公を始めたあっしは、大人の職人に習って、染め師になる修行に入ることになっていた。しかし、まだ、あまり、大事な役も務められず、店先の手伝いに出ていた。その時だ。

「ちょいと、すいません」

 綺麗な大きな藍の暖簾を押して、女の人が現れた。

 このお人、町娘のような髪結いもせずに、長い髪を片方に束ねていて、芝居で見た、芳野かぐわのの色町の女の人かも・・・とか、その時は、思っちまったんですが・・・そんな筈はなく。

 これが、あっしと、艶楽師匠の出会いでした。

「はい、ああ、艶楽さん」
「こんにちわ・・・あぁ、こないだ、頼んでた、アレ、できてます?」
「ああ、はいはい・・・できてますよ」
「あぁ、いい染めじゃないか、これ」

 紺屋の女将さんが、手ぬぐいを出してきて、師匠に見せていて、それを、あっしは、つい、じっと見ていたらしくて、

「ケン、何、ぼさっとしてるんだい。お茶を淹れておくれ。こちらのお客様にね」
「へ、へぇ・・・」

 その時の、あっしの仕事の一つが、お茶出しだった。
 なんとか、お湯を沸かして、お茶を出して持っていくと、

「ああ、すみませんねぇ、枚数が足りないんで、ちょっと、奥、見てきますから。ケン、ちゃんと、お茶をお出しするんだよ」
「へぇ」

 店の上がり框に腰かけてる師匠は、ニコリを、あっしを見て、声をかけた。

「ありがとね、・・・見ない顔だね、最近、来たのかい?」
「あ、へぇ」
「ふふふ、こちらの言葉、無理に使ってるね?どこの生まれかい?」
「・・・北の睦山むつみやまから、きました」
「ああ、そうかい。偉いねえ。いくつだい?」
とおになりました。・・・お茶、どうぞ」

 すると、師匠は、あっしの手頸を、何気なく、掴んで、

「・・・綺麗な指先じゃないか、これ、藍で染まるのかい?・・・勿体ないねえ」
「え・・・あ・・・」

 おっかさんより、若い女の人に、触られたことなど、なかった頃ですからね。師匠は、芝居に出てくる女の人とは違う、本当の女の人だ、と、当時のあっしは、思ってました。

「うふふ・・・、なかなか、可愛いもんだね、勿体ないね」

 その後も、何度か、店に手ぬぐいや、巾着など、艶楽師匠は買いにきなさって、あっしも、顔馴染みになった。時々、おやつに井筒屋の団子をもらって、子ども心にも、嬉しかったもんでしたが。

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 ある夜、紺屋の職人部屋で、寝ていると、外でバチバチと、聞きなれない音がして、慌てて飛び起きた。障子の向こうが赤く染まってるのが解った。

「火事だぁっ」
「てぇへんだぁ・・・早く、起きろっ」
「何してんだい、・・・早く、誰か、火消しを呼べっ・・・」

 あっという間に、隣から、火の粉が、庭に飛び、木の塀が燃え始めた。

「ケン、いるか。早く、逃げろっ」

 旦那さん、ここの一番偉い人が、部屋まで来てくれて、あっしの手を引いてくれた。

「隣は、油屋だ。火の回りは早ぇにちげえねえ」
「火消しは?」
「今、呼びに・・・ひとまず、皆、外へ逃げろ」

 職人の一人が、慌てて、走り回り、皆を起こして回った。
 すぐに、激しい半鐘の音が近づいてきた。

「ケン、こっちだ、急げ」
「は、はいっ」

 家の中に、火が回ってきた。
 裸足で、寝間着のまま、旦那さんに手を引かれて、庭に降りた。

「敷地の外へ・・・ああ、塀に火が・・・」

 振り向くと、さっきまでいた、母屋が火に包まれ始めている。

「ケン、あの、塀の下、お前なら、潜っていける」
「え、でも、旦那さんは」
「いいから、早く行け」

 その旦那さんの声に、あっしは、急いで、火の回りかけた塀の下を潜り抜けて、命からがら、敷地から抜け出した。

 人が沢山、集まってきていた。野次馬だ。こんな時に、なんで皆・・・。

「どうしたんだい?・・・えー、あんた、ちょっと、おいで・・・」

 聴きなれた声が、知った感じで、近づいてきて、あっしの手を掴んだ。

「ああ、やっぱり、ケンさんだね・・・、紺屋が燃えたっていうから、慌てて見に来たんだよ・・・、頼んでたものもあったし、馴染みだからね・・・ちょっと、顔を見せて、・・・あああ、髪の毛、少し焦がしてるね・・・よしよし・・・」
「・・・艶楽、もう行こうか、こりゃあ、風上でよかったなぁ」

 後ろから、男の声がした。

「え?なんだって・・・ああ、もう、今日は帰っとくれ」
「え?・・・なんだって、これから、アレじゃ・・・?」
「何、言ってんだい?こんな、大変な時に」
「・・・観に行こうかって、言ったのは、お前じゃねえか」
「何、言ってんだい、このスットコドッコイ・・・、もう、お日様が出てきてんだ・・・ああ、よしよし、どっか他に、火傷してないかい?」

 師匠は、多分、その時の間夫まぶらしい男を振り切って、あっしを抱きかかえるようにしてきた。

「・・・そうか、子どもがいたのか、このアバズレめ」
「あぁ、そうだよ、それがどうした?」
「女の癖に、洒落本なんぞ、書けるわけもないわ」

 すると、師匠は、その男に、くるりと背を向けて、あっしの肩を抱いて、すっすくと早歩きで歩き出した。

「あ、あの、いいんですか?」
「いいの、いいの。・・・ちょっと、本が売れたからって、良い気になってる奴だからね」

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 その日は、ひとまず、師匠の家で、足を洗わせてもらい、休ませてもらった。翌朝、師匠と一緒に、焼けてしまった紺屋の後を見に行くと、女将さんが、泣き崩れそうになりながらも、職人たちに支えられてた。

 旦那さんは、あの後、庭の焼け崩れてきた塀の下敷きになって、亡くなったそうだ。そして、この火事で、店は、焼き尽くされ、見る影もなくなってしまった。

「まあ、うちに居れば、いいよ、ケンさんは」
「でも・・・」
「なんだい?」
「いいんですか?」
「さっきね、女将さんからも、頼まれたからね。ケンさん、しばらく預かるの」
「・・・」
「なんか、北睦きたむつみのあんたの実家に、落ち着いたら知らせるからって、それまで、預かってくれってね・・・いいとこあるよ、こんな時にね」

 その時、あっしは、このまま、また、雪ばかりの田舎に戻されてしまう、と焦った。奉公は辛いこともあったけど、優しい旦那さんの下で働けてるのは幸いだって、職人の人たちも言ってたし・・・でも、今はもう、店はないし、どうしようか、って。

「大丈夫、ケンさん、まずは、心配しないで、ここに居て、いいからね」

 そんな感じで、とおのあっしは、ほんの一月ばかし、紺屋で丁稚奉公していたが、火事で店がなくなった後、師匠の家で、ご厄介になることになった。

 しかし、仕事もしねえで、戻されるのは嫌だった。
 その時のあっしは、幼ねえながらに、思案した。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「あの頃、出会い」前編 ~艶楽の徒然なる儘

お読み頂きまして、ありがとうございます。
艶楽と研之丞、新作です。
前作の中で、泣き虫の研之丞が発覚しましたが、
そこからの研之丞の回想が始まりました。
艶楽師匠と出会った頃の記憶です。

これまでのお話は、こちらから、纏め読みできます。
宜しかったら、お立ち寄りください。



 

 

  

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