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もみぢ葉 第二話 ~艶楽の徒然なる儘

 秋芝居興業の入りは上々で、来る日も、来る日も、満員御礼。
 まあ、女役の時に限って、よく、客が入るんだよなぁ。

 で、本日も、大入り袋で、懐もぬくい。
 

「ただいまぁ・・・」

 鼻歌混じりで、家に帰ると、土間で、お雪が、咳込んで、何か、気ぜわしくやっている。

「ごほっ・・・ああ、あんたぁ、アレが・・・」
「アレって?」
「みたらしの」
「団子か、団子、今日は買ってきてねえぞ」
「違うよ、アレ、付け文だよ」

 見ると、竈の灰が掻き出されて、土間が灰だらけになっている。

「どうやら、井筒屋の包み紙と一緒に、焚き付けに使っちまったみたいで・・・」
「あ・・・」
「ごめんよぉ、あんた、やっぱり、艶楽先生に渡しとけば良かった」
「広げて、乾かしといたんだよなあ」
「そう、みたらしで、染みちまったから・・・」

 そうだ、なんて、書いてあったか、あれ・・・
 確か、安楽寺のもみぢを見に行くとか、そんなヤツだったかな。

「まあ、明日にでも、師匠に聴いてみるよ、団子持ってきたお人と、話してるかもしれないしな」
「そうだったら、いいんだけどねぇ」

 お雪は、土間の灰を掻き集め始めた。

 そうだった。頼まれごとがあった。
 隣の長介爺さんの膏薬、届けねえと。
 芝居を観にきた、庵麝先生に頼まれたんだった。

「お雪」
「なんだい?」
「ちょっと、隣に行ってくる」
「長介爺さんとこ?」
「庵麝先生の膏薬、渡しに行ってくるから」
「足が悪いからねえ、早く、持って行っておやりよ」
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい」

 隣の長介爺さんの所に行った。

「ああ、わざわざ、すまねえ、ケンさん。ここんとこ、足が痛くてねえ、歩けねえんだ」
「このくらいの用、どうってことねえよ・・・で、貼ってやろうか?」
「ああ、頼むよ。ここだ、膝のとこなんだが、いててて・・・」
「きみちゃんは?」
「今日は、ちょっと、遠い神社へお参りだ。髪結いんとこの、みよちゃんとな。もう少ししたら、戻るはずだがな」
「そっか、幼馴染だもんな。楽しんでくるんだな」
「たまの、息抜きだ。いつも、儂の世話ばかりでな」
「えっと、ちょっと、待ってな・・・袋の中のこれだな・・・」

 あれ?・・・この字、袋の宛て名・・・
 これ、付け文の文字に、似てねえか?

 同じ感じの、ちょっと、神経質な綴りの、男手だ。

 ・・・そういうことか。
 でも、師匠は、こないだ、何も言ってなかったな。
 団子持ってきたのは、庵麝先生だったのか。

 っうか、庵麝先生、今日も、芝居、表情一つ変えずに観てて。
 怖い顔して、腕組んだままで。
 本当に面白くて、観てんのかな、っていうぐらいだったよなあ。
 身丈があるから、目立つんだよ。あの強面。
 しかも、正座して座ってるから、頭一つ飛び出してて。

 よし、艶楽師匠のとこ、行ってみるか。

 あれえ、留守か。こんな時に限って。
 玄関の引き戸が空かねえ。鍵がかかってる。珍しいな。
 仕方ない、家に帰るか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「じゃあ、艶楽先生を、もみぢ狩りに誘ってるの、庵麝先生ってこと?」
「たぶん、そうじゃねえかな?」

 お雪に話すと、訳知り顔になった。

「・・・ねえ、思ったんだけど」
「ん?」
「庵麝先生に、話を戻した方が良くない?」
「なんで?」
「だって、これ、艶楽先生に伝わってないんでしょ?」
「うん、たぶんな」

 そういうと、お雪は、帳箱の引き出しから、何かを取り出した。

「そうそう、このもみぢ葉はね、なくさないようにしてたの。乾いたら、付け文もしまっとこうと思ってたんだけど・・・」
「あ、そうか、じゃあ、これ持って・・・つまりは」
「そ。無粋な言伝なんて、要らないんじゃない?」

 やっぱ、そんな感じなのか?
 艶楽師匠と、庵麝先生?

 いやあ、似合わねえなあ。

 どう見たって、正反対というか。
 笑ったとこ、見たことねえ、お人だしな、庵麝先生は。

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 翌日、芝居も休みなので、そのもみぢ葉を持って、庵麝先生の療養所に行った。
 
「ごめんください」
「はい」

 あれ?手伝いとか、いないのか?

「ああ、研之丞か?」
「すいません、朝っぱらから」
「どこか、悪いのか?昨日は舞台に立っていたが」
「あ、あっしは元気なんですが、ちょっと、先生にお話が・・・」

 庵麝先生は、お武家の次男という噂を聞く。
 ここは、何度か来たことがあったっけか。

「ああ、この後、すぐ、診立てがある。少し、こちらで待っていてもらえまいか」
 
 もらえまいか、ってか。
 医者の役をする時、そう言うかな。

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 ここは書庫か?
 書棚に、沢山の本がある。
 お医者の知識本ばかりだな、こりゃ。

「へえ、何やら、難しそうだな・・・あれ?」

 書棚の奥の方に、青い薄手の本が積まれているのが見える。
 どう見ても、お医者の本じゃない。結構、あるな。
 手を伸ばして、一冊、抜いてみた。

「あ・・・こりゃ、懐かしい、」

 思った通りだ。
 これ、十五年前、千部振舞せんぶぶるまいしたやつじゃねえか。
 流行った本だ。

艶楽御伽草紙えんらくおとぎそうし
 師匠が描いた、挿絵付きの人情本だ。
 随分、あるじゃねえか。全部、揃ってる。

 へー、庵麝先生、芝居も観に来る筈だ。

 おっと、物音が・・・、これは、戻しておくとして・・・

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「研之丞、待たせたな。今日はまた、どのような用向きで」
「ああ、はい、実はですね」

 俺は、丁寧に手ぬぐいに挟んだ、それを取り出した。

「あ、・・・何故、それを」

 顔色が変わった。
 やっぱし、庵麝先生だったのか・・・。
 いやあ、すみませんねえ。

 その後、事の次第を、庵麝先生に、正直に話して、平謝りに謝った。

「まあ、この件は・・・その、忘れてくれ」

 え、いいんですかい?・・・それで。
 つまりは、十五年前から、艶楽師匠の気に入りだったってことで。
 今は、たまたま、庵麝先生に、師匠は、病を診てもらってるってことなんだろうが。

「あの日、艶楽を訪ねて、行ったのだが・・・」

 あまり、いつもは、多くを語らない、庵麝先生が、話し始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ごめんください」
「はい、はい、お待ちを・・・」

ガラガラガラ・・・

「あ、あらぁ、どうも、わざわざ、今日は、こんなとこまで、どうしたんですかい?」
「あ・・・いや、近くまで、来たので・・・」
「そうですか。ふふふ、見てくださいよ。先生、今日は、ちゃあんと、お布団まで、上げてね、裏庭に干しましたからね。自分でやったんですよ。研之丞に手伝ってもらってませんからね。そのくらい、あたしは、元気ですからね。先生のご心配には及びません。あ、薬?ちゃあんと飲んでますから、さぼってませんよ。えーと・・・ああ、ごめんなさいね。全部、片しちゃって、隣の部屋にね、今、道具一式、寄せてあるんですよ。あはは、引っ越したと思いました?そうでしょう。すっからかん、ですものねえ、うふふ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いつもの通り、捲し立てられて、元気なのは、よう解ったが・・・」

 ああ、師匠あるあるだな、こりゃ。
 自分のことばかり、話して、人に口挟ませないってヤツだ。
 そう、元気な時は、それだから。
 
 つまりは、それに、口下手の庵麝先生が、口を挟めるわけもなく・・・

 立ち去る時に、そっと、玄関の上がり口に、例の井筒屋の団子の包みを置いていったということらしい。

 そして、そのまま、団子は、俺の所に渡ってしまった、という寸法だ。

「まあ、もう、いい。研之丞。済まなかった。余計な気を回させてしまったな」

 なんていうのか、あまりにも、分が悪いというか・・・。
 しかも、師匠には、何も伝わってないってことだよな・・・。

「あのう、あっしが言うのもなんなんですけど・・・もう一回、お伝えしたら、いいのでは、と思うんですが」
「えっ・・・」

 え、そんな、驚かなくても・・・庵麝先生。
 そして、心なしか、顔が赤らんでる感じだが。
 初めて見る、顔つきだ。

「まもなく、安楽寺のもみぢ葉も散ってしまいますし・・・」
「・・・確かに、それはそうなんだが・・・」
「なんなら、また、あっしが伝言とかしますけど・・・」
「・・・いや・・・それは、しなくていい」

 そして、少し、考えたような感じで、庵麝先生は言った。

「その・・・団子好きなのは、外れていたのか?十五年前とは、変わったのか・・・」
「え?ああ、そんなことはないです・・・あ、でも、師匠、言ってました。前の日に、沢山食べて、食べ過ぎたそうで・・・」

 と、ここは、少し、話を盛って・・・
 庵麝先生も、色々とご存知だ。気に入りだからな。
 この様子だと、その日は、かなり、意を決したに違げえねぇが。

「・・・黒墨があるからな」

 あ、それがあったか・・・。

 庵麝先生、どうするお心算で?
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中「もみぢ葉②」 艶楽の徒然なる儘

お読み頂き、ありがとうございます。
今回、艶楽師匠が出てきませんでしたが・・・。
多分、次回、艶楽師匠の昔話などが、語られるかもしれません。
このシリーズは、こちらのマガジンから、御覧になれます。
宜しかったら、ご一読を。よろしくお願い致します。

 
 
 

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